自転車に乗って矢を射る、SNSをバズらせろ

チャりさめ

 くっそ田舎にある、大学の弓道場。

 周囲には紅葉した木々がひしめいている。

 今日の部活が終わったあと、僕は玄関の前でタケシと揉めていた。


「自転車に乗って、流鏑馬やぶさめみたいに弓を引けると思う?」

「いや、だから無理っショ」


 同じ弓道部のタケシが、突然意味不明なことを言いだした。

 いや、意味は分かるんだけど、そもそも弓って全長2メートルほどあるわけだし、自転車こぎながら弓を引くとか、無理ゲーすぎる。

 そりゃ、馬に乗って矢を射る流鏑馬はあるけども、そもそも弓道家として危険なことをしようとしている時点でアウトだと思う。


「いいかタケシ、やる前から諦めたら、そこで終わりなんだよ?」

「だから、危険なことをやろうとするな!」


 タケシ弓道上手いし、中二病みたいな思考をするけども、さすがに無謀だと言いたい。それにどうやってやるのか。とか考えていると、タケシはヘイドロイドを取り出して、天気予報アプリを見始めた。 

 

「よし、明日は日曜日で部活は休みだし、この弓道場でやってみようぜ」

「人の話を聞け! そもそも、弓道やっている人間が、礼儀も節度もないことをしようとするな!」

「なんで? 絶対バズるぜ?」

「バズる? SNSで注目されたいからって……」


 僕は大学3年生、順調に単位もしっかりとっているし、正直こんなところで事故を起こして問題になりたくない。

 下手すればマヌケッたーとか言われて、住所とか特定されちゃう。一人暮らしだけど。

 でも弓道部が自転車に乗りながら矢を射って、事故ったとかアホすぎて笑えない。


「頼む! 俺にいい考えがあるんだ、カメラマンになってくれるだけでいいんだ」

「嫌だ、嫌だ!」


 大きな声で叫んでいると、ガラガラと道場の玄関が開いた。

 え、まだ誰か残っていたの?


「あら、なんだか面白そうな話をしているみたいね、わたくしも混ぜてくれないかしら?」

「ひ、ひいぃぃ──織田先輩………」


 なんてことだ……まさか部内で一番美人だけど、SNSの女王(オタク系)と言われる織田先輩が残っていただなんて……。タケシもビクビクしながら、織田先輩に「失礼します!」と言い出した。僕も逃げよう、まじでヤバイ。


「バカね、あんなに面白そうな話を聞いて、このわたくしが逃がすわけないじゃい」


 僕の後ろから、指をパチンと鳴らす音が聞こえた。

 すると、目の前にドカタみたいに体のごつい人達が現れる。しかも上から。

 道場の屋根にいたとか、忍者かよ!

 僕とタケシは立ち止まり、絶望する。


「タケシ……どうすんだよこの状況?」

「すまねぇ……一緒に召されてくれ」


 オォ―ホッホッホッと、織田先輩の高い声が響いた。


 *


 天気は晴れ、ぴゅぅーと落ち葉が舞っている。

 道場の横にある、草原みたいな場所に来たのはいいけど、織田先輩が率いる執事の威圧感が怖すぎて、帰りたい。

 タケシはハンドルを固定した自転車に乗って、弓と矢を1本持っている。右手は素手だ。

 ここ、落ち葉も積もっているし、せめて補助輪をつけてほしかった。

 28メートル先に的が専用の台に設置してあって、高さは地面から1メールほどだ。


「タケシ、絶対事故るなよ?」

「お、おう。ちゃんと真っ直ぐ押してくれよな」


 僕は織田先輩のほうを向いた。

 相変わらず金髪で、クルクルと髪の毛がカールしている。ドリルみたい。


「お、織田先輩、準備が整いました」

「いいわ、やってちょうだい。いっとくけど、バズらなかったら承知しないわ。わたくしの使用人が2人を〝ぱふぱふ〟するから、そのつもりでいて頂戴」


 ひいぃぃぃ。

 考えてだけでも背筋が凍る……タケシなんかガタガタ震えているし。

 自転車の荷台を掴んでいるのに、なんで震えが伝わってくるのか。

 僕は深呼吸する。タケシの背中をみつめた。

 この緊張感は……タケシならきっと……覚醒する。


「タケシなら、的を射抜けるって信じているから」

「………………ゾーンに入った」


 ビュンッと吹いた風が、落ち葉を舞い上がらせた。


 豊臣タケシ……いけぇえええ────


 * * *


───いける、この緊張感、張り詰めた空気。


 下剋上だ……織田先輩をバズらせるしか、生きる道はない。

 カチりと音を鳴らし、矢をつがえた。

 荷台の金属部を掴んでいる、明智ムジョウを信じろ。

 チームメンバーを信じろ、射抜くべきは、ただの丸い的だ。


「ムジョウ、頼む」

「うん」


 ゆっくりと視界が──変わり始めた、前に進み始めたんだ。

 肌に触れる風が、心に染みてきやがる。

 集中しろ………呼吸だ、基本を思い出せ、俺ならやれる。

 

 アンバランスな重心、だからこそ腰を支点に上半身だけを使えばいい。

 流鏑馬だってそうだ、あれは腰に重心を持っていくこで、上半身の筋力を最大限活用する射なんだ。


───俺は弓を構え、持ち上げる


 くそ、身体がカクカクしやがる……上手く背筋がひらけねぇ。

 しかも素手のせいか、指がめっちゃいてぇ。

 くそ、そんなことを考えているうちに、どんどのスピードが上がってきやがった。

 ちっ、邪念は捨てろ、男だろ!

 考えるな、弓道家は己の心で感じろ───言い出しっぺが億劫になってどうすんだ。


───弓を引き降ろし、矢を右頬に添える

 

 狙いがブレる……なら反射神経をフルに使え。

 的まであと5メートル、3メートル───1メートル!


「あたれぇえええええ!」


 『バシュンッ』右手を弦から離し矢を射った『パンッ』

 

「やった……中った───おっしゃああぁぁぁぁ!」

「タケシ……たけしぃぃぃぃ!」


 ははは、なんだ、出来たじゃねえか。

 清々しい風に身を委ね、視界が徐々に上を向いていく。

 不思議な情景だ……まるでひっくり返っているみたいだ。

 グルんと視界が反転する感覚の中、タケシの声が聞こえた。


「ごめんタケシ、落ち葉にやられたんだ」

「分かってる、俺も悔いはねぇ」


 * * *


 けたたましい騒音のあと、タケシとムジョウは地へと身を投げ出す結果となった。

 傍観していた織田は、ゴーゴープロの録画を停止させ、ロッキングチェアから立ち上がる。

 満足そうな微笑みで、気絶した2人を眺めていた。


「彼らは見事、〝チャりさめ〟を成功させたようね。そんなに〝ぱふぱふ〟されたくなかったのかしらね? 最後は派手にドンパチしたみたいだけど、いい動画が撮れたからまぁいいわ、これでSNSでの天下はわたくしのものになった」


 丸い的に刺さった、一本の矢。

 その場を取り巻いたのは、木枯らしだった。 


 織田はのちに、編集した動画を投稿することとなる。

 タイトルは。


【自転車に乗って矢を射ったら、あぼんした】


              ─Fin─

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