第39話

メリアがタイラントにより連れ去られてから、数日の時が経過した。

それぞれの思惑がうごめき、それぞれの人物が思い思いの行動をとっていく中、次第に状況はより複雑になっていく。

それは王宮とて例外ではなかった。


「(…あれはタイラント?一体何をしている…?)」


来るべき対決の日に備え、自身も準備に取り掛かっているハイデル第二王子。

王宮の中で忙しく動き回る彼の目に映ったのは、なにやら自信満々といった表情を浮かべながら王宮の中を歩くタイラントの姿だった。


「(どういうことだ…?なんでそんな余裕そうな表情を浮かべていられるんだ…?)」


そう、ハイデルの考えの中ではタイラントは今頃焦りに焦っている最中であるはずだった。

それもそのはず、王国随一の優れた能力を持つフューゲルとの勝ち目の薄い対決を命じられ、負けたらなその座を相手に奪われるという非常に苦しい状況に置かれている中で、余裕の表情を浮かべられるはずがないためだ。

…しかし当のタイラントはすでに自らの勝利を確信しているかのような様子を浮かべており、ハイデルはそこにとてつもない違和感を感じていた。


「(まさか、まさかフューゲル君に打ち勝つだけの算段をくみ上げたのか?…いや、この王宮で何の仕事も成し遂げられていないタイラントにそんなことができるはずがない…。それじゃあ逆に、あいつは自分の負けを今の段階から受け入れているという事か?それであんな達観したような余裕の笑みを浮かべているというのか?…いや、あいつの性格を考えればどこまでもこの王宮にしがみつこうとするはずだ。そんな潔く自らの進退を決めるはずがない。…それじゃあ一体あいつはなにを考えて…)」


もしも、もしも万が一タイラントがフューゲルの事を負かせるような事があったなら、ハイデルにとってこれほど計算外な出来事はない。

自らがあれほど持ち上げてきたフューゲルの敗北は、フューゲルのみならず自分への評判や信頼にも影響するためだ。

メリアの一件で王宮の内外を大きく騒がせてしまっているハイデルにとって、これ以上の騒ぎを起こすことは悩みの種を増やすことでしかなかった。


「(お、落ち着け…。普通に考えれば、誰の目にも勝敗は明らか…。無能なタイラントにフューゲル君を上回れるだけの要素などなにもありはしない…。すべては私の計画通り、順調に事は運んでいる。勝利したフューゲル君を王宮に迎え入れ、敗北したタイラントをそのままここから追い出し、そしてメリアとの関係も切り捨てさせる。その計画が実現するまでもう少しなのだからな…)」


ハイデルとて、まさかタイラントがメリアを連れ去るという力技を行っているとは想像だにしていなかった。

そしてそのために、フューゲルがタイラントに組み伏す様子を見せているという事にも、気づかないでいた。

ハイデル自身がメリアの事をもっと注視していたなら、騎士たちのように早い段階でタイラントが秘密裏に動いていたという情報をつかむこともできたであろうに、ハイデルは自らの手でみすみすチャンスを逃してしまったのだった…。


そして一方、そんなハイデルの姿はタイラントの目にも移っており、彼はその心の中で得意げな口調でこう言葉をつぶやいていた。


「(よしよし、ハイデル様のあの驚いたような表情…。きっと今の僕の姿を見て動揺しているのだろう。勝ち目などない戦いに向かうはずの僕が、一体どうしてこんな余裕の雰囲気を見せているのか、と…。ハイデル様、こちらにはメリアの存在という、フューゲルと交渉するうえで非常に強力なカードがあるのですよ。それがこちらの手中にある限り、フューゲルは完全に僕に逆らえず、僕の思い描いた通りに事は進んでいくのです…。そして、話はそれだけで終わりません。あれだけフューゲルのことを推したハイデル様の事を見る目もまた、大きく変わっていくことでしょう。そうなった時に初めて、あなたは僕の本当の力をその身で知るのです。よくご覧になっておいてくださいな…♪)」


そう、タイラントはフューゲルとの対決における必勝法を用意するにとどまらず、自分の事を見放そうとしているハイデルに対して少し反抗してやろうという意図も見せようとしていたのだった。

そこにハイデルが気付いているのかどうかは分からないものの、いずれにしても王宮の中が非常に複雑で混沌とした状況となっていっていることに変わりはなく、婚約破棄の場においてメリアがハイデルに忠告した通りの事が現実に起きつつあるのであった…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る