第31話

「ハイデル様、出過ぎたことを言ってしまっているのは承知の上ですが、それでも僕の思いを今一度分かっていただきたいのです。僕は本当にハイデル様の事を…」

「分かった。お前の思いを聞き入れよう」

「ほ、本当ですか!!」


ハイデルからかけられた言葉を聞き、タイラントは心から嬉しそうな表情を浮かべる。

その雰囲気はまるで、子どもが駄々をこねて自分の親に欲しいものを買わせる時のそれに非常に似ているように感じ取れる。


「タイラント、そこまでこの僕の事を思ってくれているというのなら、今一度お前に対する考えを改めようじゃないか」

「はい!ありがとうございます!」

「チャンスをやろう」

「…は、はい?チャンス…?」


無条件で自分の言葉を聞き入れてもらえると思っていたタイラントだったものの、ハイデルの口から告げられた言葉は”チャンス”という言葉であった。


「ハ、ハイデル様?チャンスというのは…?」

「お前が私の事を思ってくれているがための行動であったとしても、取引に大きな損失を出したのは事実だ。であるなら、それもまとめてお前に挽回のチャンスをやると言っているんだ」

「…と、言いますと…?」


タイラントは恐る恐るといった様子で、ハイデルにそう言葉を返す。

その時、彼の心の中はこれから告げられる課題がとにかく簡単なものであれと必死に願っていた。

そしてそんなタイラントの心の声はハイデルもばっちりと把握しており、ハイデルはどこかタイラントの反応を楽しむかの様子でこう言葉を告げた。


「お前がそこまで言うのなら、その思いが偽りでないとはっきり証明してもらおう」

「証明…?」

「あぁ。実はこの王宮に、後日再びフューゲル君を呼ぶことになっている。その場においてとして、お前と彼の二人でどちらがより取引における利益を出せるのかを競争してもらう」

「!?!?」

「お前の思いが本物だというのなら、それを結果ではっきりと証明してほしい。何も難しい話ではないだろう?」

「お、お待ちください!!そ、それはあまりに…!」

「あまりに簡単か?まぁそうだろうな。お前はこの王宮でずっと取引を行ってきた人間。それに対して向こうは完全な素人のただの学生。当然負けることなどあり得ないだろう。そう言いたいのだろう?」

「う…!?」


ハイデルからその課題を告げられ、タイラントは自身の体を震え上がらせる…。

というのも、彼はその内心で強い恐怖心を感じていたためだった…。


「(しょ、勝負の結果は明らかだ…。この僕に勝ち目などあるはずがない…。た、たしかに僕は今までこの取引を担当してきたが、結果など一度も出したことがない…。そのたびにハイデル様の機嫌を取って、損失を許してもらっていただけだ…。それに向こうは素人とはいえ、優れた知的才能を有する男…。僕に勝ち目などあろうはずがないじゃない…。ど、どうしてハイデル様はこんなことを…!)」

「なんだタイラント?僕が簡単すぎる課題を出したことにイライラしているのか?まぁ許してくれ。これくらいしかちょうどいいものが思いつかなかったんだ。さぁ、僕に対するお前の思いというものをはっきりと見せてくれ!」


タイラントに心底期待しているかのような言葉を放つハイデルだったものの、彼がその心の中に抱く思いはそれとは正反対であった。


「(これで体よくこの無能な男を王宮から追い出すことができる。勝負の結果は誰の目にも明らか、優秀で切れ者のフューゲル君がこのようなちんけな男に負けるはずがない。メリアの一件で彼の周りは少し揺れているものの、まぁここではそんなこと関係もないだろう。そもそも僕が作ったルールにより、誰であろうともメリアの婚約者となることは叶わないのだ。ならば頭のいいューゲル君であれば、すぐにメリアの事などあきらめることだろう)」


メリアに対してフューゲルが抱く思いが本物であることを見抜けぬまま、ハイデルは心の中で彼の事をそう分析していた。

今はメリアに夢中になっている様子のフューゲルとて、結局はメリアか王宮かと選択を迫られれば王宮を選ぶであろうと、ハイデルは高をくくっているのである。


「それじゃあ早速準備に移ってもらおうか。タイラント、王宮随一の期待の頭脳の持ち主と言われる男を相手に、いかに君が厳しい現実を見せつけるのか、僕は期待している。手抜きはいらない、全力でかかってくれたまえ。後から言い訳など聞きたくはないのでね」

「わ、分かりました……」


ハイデルはそう言葉を発すると、タイラントに対して自室からの退室を促した。

タイラントはそのままハイデルの部屋からそっと立ち去るほかなかったものの、その心の中は激しく動揺していた…。


「(こ、こうなったら仕方がない…。ハイデル様は僕の勝利などみじんも期待していないのだろうが、いいさ…。どんな汚い手を使ってでも、フューゲルの事を貶めてやろうじゃないか…。僕はなんとしてでもこの王宮にしがみついてやる…)」

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