第30話
フューゲルやクリフォードたちがメリアを手にするべくそれぞれ勝手に立ち回っている一方、王宮では非常に危険な兆候がその姿を現しつつあった。
「ハイデル様、また王宮から取引を取りやめにしたいとのお声が…」
「い、一体どうなっている!!武器の取引や薬の売買はこれまで滞りなく円滑に進んでいたではないか!それがここにきて一体どうして…」
ハイデル第二王子が支配するこの第二王宮では、それらの取引からもたらされる利益が大きな財源となっていた。
それゆえにハイデル自身もその分野には非常に力を入れていたものの、ここにきてそれらの数字が非常に悪くなってしまっていた。
「我々との取引中止……これで何人目だ…。このまま数字が下降し続けたら、それこそいよいよ国王様や第一王子から激しい叱責を受けることに…。そ、それだけは何としても防がなければならないのだが…」
当然、ハイデル自身にも危機感はあった。
それゆえに、彼はこれまで完全に仕事を任せていた人物、そして同時にこうなった原因を知っているであろう人物をその脳内にリストアップし、その代表格と言える人物を即座に自分のもとに呼び出すこととした。
――――
「タイラント、どうしてここに呼ばれたか、その理由が分かるか?」
「……」
二人以外誰もいない王室は、ただただ静寂の空気に支配されている。
たった今ハイデルの前にいる人物は、彼の右腕としてその頭角を現したタイラントである。
ハイデルは非常に冷静な口調でタイラントにそう言葉をかけたものの、どういうわけかタイラントはハイデルに対して言葉を返さない。
…これまでハイデルに背いたことなど一度もなかったタイラントが、急にどうしてそのような態度をとるのか。
それはハイデル自身が一番疑問に思っているところではあったものの、彼はあえてそこには触れず、まずは今回の一件における事実を確認することとした。
「分かっているのか?お前が適当に仕事をしたせいで王宮への信頼は大きく揺らいでいる!このまま収益が右肩下がりとなれば、いずれこの王宮は解体されるかもしれない!そうなったらお前も終わりなんだぞ!本当に分かっているのか!」
なかなかに激しい口調でそう言葉を発するハイデル。
その様子は今の彼の心の中をそのまま表しているようであり、そこに余裕は全く感じられなかった。
するとその時、ようやくハイデルに対して言葉を返す気になったのか、タイラントはやや機嫌の悪そうな表情を浮かべながら、こう言葉を発した。
「分かっていないのは、ハイデル様の方ではありませんか?僕がどれほどハイデル様の行動によって心を傷つけられたのか、あなた様は本当に分かっておられるのですか?」
「…なんだと?」
ハイデルはタイラントの言っていることがさっぱり分からない様子で、やや困惑の表情を浮かべて見せる。
それに対しタイラントは、その表情を変えぬままこう言葉を続けた。
「ハイデル様、僕はこれまで必死に必死にあなた様のために尽くしてきました。それは他でもない、ハイデル様の事を誰よりも大切に思っているからこそです。…しかし、ハイデル様はそんな僕の思いを踏みにじったのです」
「……」
低い口調でなにかを訴えるようにそう言葉を発するタイラントであったが、ハイデルの方は全くその思いになど耳を傾けていない様子…。
「(僕のため?僕の事を大切に思っている?嘘ばかり言いよって…。お前はただただ僕の機嫌をとって、自分がこの王宮の中で偉い立場になることしか考えていなかったじゃないか…。それをよくもまぁぬけぬけと…)」
タイラントはまだ気づいていない様子であるものの、ハイデルの方はすでにタイラントの下心には気づいていた。
だからこそ猫をかぶるタイラントの姿にハイデルはこの上ない嫌悪感を覚えているものの、ひとまずそのままタイラントの言葉を続行させることとした。
「ハイデル様、純粋な僕の思いをもてあそぶのはやめてほしいのです…。ハイデル様は僕と言うものがありながら、最近はクリフォード様やフューゲル様にばかりその目を向けておられます…。臣下たる僕がこんなことを言うのは出過ぎたことであるとは理解していますが、それでも言わずにはいられません…。ハイデル様、どうか彼らなどよりもこの僕の事を見てほしいのです…!」
「(なるほど、そういうことか……)」
ハイデルはようやく、タイラントが何を言いたいのかをその頭の中で理解した。
「(こいつはつまり、クリフォードやフューゲルが王宮に来て自分の仕事を奪われることを恐れているのだな…。どう考えたってあいつらの方が自分よりも優秀で人気がある存在…。なら邪魔になった自分は切り捨てられてしまうに違いないと考え、だからこんなことを…)」
その思惑に気づいたハイデルはどっと深いため息を放つ。
タイラントにはそのため息の意味はまだ理解できなかったものの、ハイデルがその後に続けて発した言葉によって、彼は今の自分の置かれている現実を理解させられることとなるのであった…。
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