第16話

「ごめんなさいねフューゲル様、お見苦しい所をお見せしてしまって…」

「とんでもございません。お二人の仲が素晴らしいからこそなのでしょう」

「どうかしらねぇ…」


アリッサはどこか複雑そうな顔を浮かべながら、自室に備えられた豪華な椅子の上にフューゲルを手招きする。

ハイデルを前にしていた時の彼女は非常にイライラとした表情を浮かべていたものの、フューゲルとこうして二人きりになった事で心が落ち着いたのか、それなりに穏やかな雰囲気を醸し出していた。


「失礼します」

「どうぞー♪」


アリッサに促されるままに、フューゲルは用意された長椅子に自身の腰を下ろした。

そしてアリッサはしれっとそのままフューゲルの隣に腰を下ろすと、上機嫌な表情を浮かべながらこう口を開いた。


「お噂は聞いているわ、フューゲル様。また素晴らしい成績を収められたのですって?」

「偶然ですから、全て」

「そんなわけはないでしょう!お祝いの品は何が良いかしら!何か欲しいものはあったりしない?」

「いえいえ、どうぞお気遣いなく。僕はアリッサ様やハイデル様にこうしてお言葉をかけていただけるだけでうれしいのですから」

「あら、そんな素敵な事を言って…♪」


先ほどまでとは打って変わり、非常に明るいな様子でフューゲルとの会話を楽しむアリッサ。

しかし、ある時彼女はタイミングを計ったかのように少しだけ寂しそうな表情を浮かべると、やや切なげな口調で彼にこう言葉を発した。


「ねぇ、フューゲル様…少し私の愚痴に付き合ってくださるかしら?」

「それは構いませんが…。ただ、僕はただの学生に過ぎない存在ですから、”様”などと呼ばれては恐れ多いですね」

「そんなこと気にしなくていいの!あなたは素敵なプロポーションを持っていて、頭脳も明晰!もしも私が選べる立場だったなら、あなたの事を一番に次期王として決めるもの!つまり、私にとってあなたは一回の学生なんかじゃなくって、白馬の王子様なのよ?」

「ありがとうございます。かけていただけるだけで非常にうれしい言葉です」

「あら、私は結構本気なのだけれど…♪」


フューゲルの口調は明らかにアリッサの言葉を流した様子であったものの、そんな彼に対してどこか本気ともとれる雰囲気を発するアリッサ。

彼女はそのまま自身の手をそっとフューゲルの手に重ねると、今度はどこか甘えるような口調でこう言葉を発した。


「ねぇ、フューゲル様、私は本当にあなたの事を気に入っているの。私だけじゃないわ、これに関してはハイデル様も同じ」

「ありがとうございます」

「だから、私たちの近くに来てはくれないかしら?あなたが私たちを支えてくれるというのなら、こんなにうれしいことはないの。こんなに頼れる人はいないの」

「……?」


アリッサは自身の人差し指でフューゲルの手のひらをつーっと撫で上げ、その思いの正体をフューゲルに暗喩する。


「…アリッサ様?」

「私、これでもすっごく寂しい思いをしているの…。あなたに、そばにいてほしいの…。ダメな女よね、私って…。ハイデル様というこの上ない旦那様がいて、妃である私の事をみんなが優しくしてくれて、この世界で一番の幸せ者なのに、それでも心は寂しいの…」

「……」

「私の心の寂しさを満たしてくれる男は、この世に数人しかいないの。フューゲル様、あなたは他でもないその数人の中の一人…。あなたは私にとって、代わりの利かない存在なの…」


アリッサは艶やかな口調でそう言葉を発しながら、さりげなくフューゲルの肩に自身の手を添え、その表情を非常に近い距離から見つめる。

その光景はさながら、自身よりも8つ年齢が下のフューゲルの事をあの手この手で誘惑しにかかってるように感じられる。


「詳しいことは存じませんが…アリッサ様には、タイラント様や騎士の方々、なによりハイデル様がいらっしゃるではありませんか。一介の学生に過ぎない僕などには、とてももったいないお言葉ですよ」

「あらあら、お若いのに謙遜しちゃって…。私はかなり本気であなたの事を狙っているのだけれど…♪」

「……」


どこまでも雰囲気を変えない様子のアリッサを前にして、やれやれといった表情を浮かべるフューゲル。

最初からハイデルやアリッサにあまりいい返事をするつもりはなかった彼だったものの、優秀な彼らしくその脳裏になにかアイディアが思いついたのか、それまでと口調を変えた様子でこう言葉を返した。


「…アリッサ様、実はアリッサ様にしかお願いできないことがあるのです」

「まぁ、何でも言ってちょうだい!」

「…ですが、アリッサ様はもうハイデル様とご婚約されている身…。僕たちだけで秘密裏に事を進めることなど、許されるものでは…」

「私たちだけの…秘密…?」


フューゲルの言葉に興味津々な様子のアリッサ。

しかしそれは、こういえばアリッサは食いついてくるだろうと想像したうえでのフューゲルの言葉であった。


「アリッサ様、僕もまたあなたとの関係を築いていきたい。だからこそあなたにお願いしたいのです」

「うんうん!!任せて!!」


2人は相変わらずその手をつないだままであるものの、それはアリッサの側から勝手に始めたことであり、フューゲルにその気など一切ない。

フューゲルはアリッサから向けられた誘惑をそのまま相手に跳ね返し、ある目的のために8つ年上の妃である女性を利用しにかかるのだった…。

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