第9話

「お前に拒否権はない。いいから黙って俺に従え」

「………!?!?」


クリフォードはぶっきらぼうな口調でそう言葉を発すると、メリアの反応に構わず、そのまま軽々と彼女の体を抱きかかえてみせる。

いわゆる、お姫様抱っこの状態だ。

…その姿を受けて、会場に集まった人々からは非常に大きなどよめき声が沸き上がる。


「な、なんでなんで!?なんでクリフォード様がそこまでされるの!?」

「や、やっぱりなにか接点があるんだよきっと…!そうでないとこんなことありない…!」

「そ、それじゃあ二人はどんな関係なわけ!?ただの友人とかじゃないってことでしょ!?」


驚愕の声を上げているのはそのほとんどが女性であったが、その中には男性ながら驚きを隠せないものもいた。


「騎士長が直接教育をされるだなんて、いったいどういうことだ??今日は婚約式典だったよな…??まさかここまで含めて台本だったのか…?」

「いやいや、それはないだろう…。メリア様の事をハイデル様が一方的に愛想つかしたのは事実らしいし、それならわざわざ彼女の事を喜ばせる催しなんてやったりはしないだろうさ…」

「確かになぁ…。でもそれならなおさらこれは一体…?」


色々な考えを口にする男性陣であったものの、その中の一人が、ハイデルの右腕であるタイラントであった。


「(ど、どういうことだ…!?メリアと騎士長がそこまで深い関係であるなど、情報にないことだぞ…!?)」


つい先ほどメリアに対して、『お前の事を受け入れてくれる人間などどこにもいはしない』と言ってしまったばかりのタイラント。

自分の予想に反してその相手が現れたばかりか、しかもそれが人々から絶大な人気を有する騎士長であったなど、先ほどの自分の発言が恥ずかしくなるほどの現実を見せつけられることとなってしまっていた。


「(ちくしょう…。先ほど私の言ったことを、メリアは心の中で笑って聞いていたというわけか…。まったくどこまでも悪運の強い女め…)」


人混みの陰からメリアの事を恨めしそうに見つめるタイラントの姿はどこか、自分の事を振った元恋人に対して未練を口にする者のようにも見て取れ、その姿はむしろ哀れといった感情さえも感じさせる。


そのように周囲からの視線を一心に集めながら、クリフォードはゆっくりと会場の出口に向かってその足を進めていた。


「ね、ねぇ……みんなからめちゃくちゃ見られてるんだけれど……」

「それがなにか?」

「べ、別に……」


普段は物静かでおとなしいメリアではあるものの、さすがにこの状況は恥ずかしいのか、その表情を少し赤らめつつクリフォードに対してそう言葉を漏らした。

クリフォードはそんなものなんのそのといった表情を浮かべながら言葉を返し、結局メリアの体を自身の手から離すことはしなかった。


――――


二人がその姿を消していった会場は異様な空気に包まれ、独特な緊張感に支配される。

参加者は各々、この状況を説明するそれぞれの持論を展開しながら会話に花を咲かせていたものの、そんな中でアリッサもまたハイデルに対しこう言葉をなげかけた。


「…もういいわ。この婚約式典はメリアへの嫌がらせのために計画したもの。それが果たされなくなってしまった今、これ以上続ける理由なんてなにもないもの」

「ちょ、ちょっと待ってくれアリッサ!それは話と違うじゃないか!」


その場から立ち去ろうかという雰囲気さえ放ちながらそう言葉を発するアリッサに対し、ハイデルはどこか納得ができないと言った表情を浮かべ、彼女に言葉を返す。


「確かにメリアに嫌な思いをさせてやるという側面もあったが、別にそれはオマケじゃないか!僕たちが素晴らしい関係を結んだことは確かなのだから、最後までみなに僕らの幸せぶりを見せつけてやろうじゃないか!」

「正直、それには興味がないの。やりたいならお一人でやってくださいませ」

「だからそれが話と違うじゃないか!それじゃあこの式典の後に約束していた、二人で朝まで体を重ねあう約束は…」

「なんだか、今日はもうしんどいの。それもなしでお願い」

「そ、そんな勝手な事……!」


そうとだけ言葉を残すと、アリッサはハイデルの事など知らないといった様子でその場を後にしていった。

…身勝手極まりないアリッサの態度に心の中でイライラを隠せないハイデルであったものの、その思いをぶつけるべき相手はこの場にはもういなかった…。


「(こういう時、メリアがいればストレスのはけ口に使えたというのに…。だから僕はあえて彼女の事をこの王宮に残してやろうと思っていたのに…。それなのにアリッサの奴め、メリアは追い出してしまった方がいいなどと…。まったく、どこまでも後先考えずに思ったままに行動するからこういうことになるんだ…)」


…メリアがいなくなった今、彼らの間を取り持つ人物はもう誰もない。

自分たちは素晴らしい運命に導かれて婚約を果たしたと口では言っておきながらも、そんな二人の間に少しづつ不和が生じているという事は、もはや明白であった…。

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