第32話 役者は揃った
「お止め下さい! 今は……」
「申し訳ないが、素直に引き下がれない。そこにいる者たちに、俺は用事がある。……帝の子である私の邪魔立てをするのか?」
「――っ」
大内裏を突破し、内裏に入った直後の一悶着だ。澪は三砂をかばいながら、一直線に雫たちのいる棟を目指す。その途中で何度か邪魔をされたが、全て帝の皇子という普段は絶対に使わない盾を使って強引に立ち入った。
「兄上、失礼致します」
「澪か。……入れ」
「はっ」
一応礼の形は取る弟を、雫は招き入れる。
澪は許可を得て御簾の内側へ入ると、和史と厚平がいることを確かめた。それから、渡殿にいる時に聞こえていた事柄についてただす。
「厚平、お前は兄上を害したのか? ……俺が目障りだから」
「澪殿下、落ち着いて下さいませ」
「やれやれ、役者が揃ってしまったようだな」
三砂に制される澪を眺めやり、厚平は肩を竦めて嗤う。そして、パンッと扇で手のひらを打った。
「私にとって、一の皇子様が次の帝になることは最重要事項。そのためには、二の皇子様という憂いをなくしておきたい。ではどうするか? ……とある贔屓の陰陽師が教えてくれたのだ。二の皇子様には、本人も知らない秘密があると」
「……」
「押し黙るということは、その秘密を知ったということか」
「……お前の知るそれが、俺の考えるのものと同じであればの話だが」
「澪殿下……」
袖を引く三砂に、澪は「大丈夫だ」とその手の甲に触れて口元だけ微笑んでみせる。そして軽く息を吸い込み、厚平に問いかけた。
「それで? 秘密を知ってどうしようと? 俺を陥れたところで、兄上の皇位継承第一位という立場は揺るがない。俺にはそもそも継承権はないも同然だからな。俺などに手を出して、火傷する方が濃厚だろう」
淡々と告げる澪に、厚平はふっと鼻で笑った。何が可笑しいのかと問われれば、彼は「考え違いをしているからだよ」と応じる。
「考え違い?」
「そうだ。……帝のお子である二の皇子を傷付けたとなれば、二の皇子がどれ程嫌われていようと、傷付けた者が当然罰せられよう。確かに最初は、雫殿下の御世を万全のものとするために動いていた。しかし今、私と陰陽師の狙いは別にある」
「別に、だと?」
「……厚平」
澪と厚平の言葉の応酬を眺めていた雫が、静かに呼びかけた。
「お前の言う、陰陽師、とは誰だ? 少なくとも、陰陽寮の者ではないのだろうが」
「一度、雫殿下にお目にかかったことがありますよ。ほら、昨年の祭りの際に」
「祭り……? もしや、あの従者か」
目を見張る雫に、和史が「ご存知なのですか?」と問う。
「……ああ。都で行われる、年に一度の大祭。昨年のその日、右大臣が私のもとへ挨拶に来たのだが、その時に一人従者を連れていた。確か、最近気に入っているのだと言っていたな。それほど目立つような格好ではなかったから、今の今まで忘れていたが」
「よく覚えておいでですね。そう、その者ですよ」
「あの者が、陰陽師。しかもかなり稀有な力を使うようだな」
顔をしかめ、雫は右の手首を押さえながら呟く。この痣を作ったのはそいつだろう、と。
「違うか、右大臣?」
「さあ、どうでしょうか。腕に蛇の痣。……多くの者たちは、二の皇子様が実の兄上を殺すために一計を案じたと考えておりますよ?」
「俺は、そんなこと絶対にしない。そもそも、兄上を傷付けて苦しませて何になると言うんだ? ……俺は」
澪に疑いの目を向けさせようとする厚平に対し、澪は初めて真っ向から否定した。更に言い募ろうとする澪に、雫は待ったをかける。
「わかっている、澪。あの気配は、決してお前ではなかった」
「……ありがとうございます、兄上」
「ほお、気配が」
目を見張る厚平に、雫は「そうだ」と首肯する。
「幼い頃から、何だかんだと弟と共に過ごすことは多かったからな。今でこそ会うことは減ったが……、兄弟をあまりなめるなよ」
「御見それ致しましたな」
くっくと嗤い、厚平は何かに気付いて立ち上がる。そしてゆっくりと歩いて御簾の前まで来ると、くるりと部屋の中を見回した。澪たちが動くに動けないままでいるところを見て、満足げに口角を上げる。
「丁度良い。丁度良いから、私たちの目的を教えておこうか」
「――っ」
ばさり。音をたてて、御簾がめくれる。突然の出来事に驚く澪たちの前に、着古した直衣姿の男が立っていた。
「はじめまして、かな。我が名は
「――俺?」
自分を指差し、目を丸くする澪。帝になる可能性が最も低い自分の何が、厚平と歳之を引き付けたのか。雫の目は、歳之の横の丸いものに引き寄せられた。
それは、まるで不透明なガラス玉だ。真っ黒なそれを見つめていた澪は、不意に嫌な予感に襲われた。
(何だ? ……あの黒い玉の中、座れば人一人が入れそうなくらい大きい)
一つの可能性に気付いてしまい、ひゅっと喉を鳴らす。澪の顔が若干青くなっていることに気付き、歳之は哄笑した。
「はっはは! もしやと思ったか? ……そうだな。この中身を見せてやろう」
歳之は楽しそうに声高に言い、パチンと指を鳴らした。
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