ショートショートに乾杯!
西季幽司
【ショートショート】アロイカ・インベージョン
アロイカ・インベージョン・パートⅠ
無限の闇を艦隊が進んでいた。
ひと際大きな母艦を中心に、無数の戦艦が周囲を固めている。母星を離れ銀河系まで、絶対零度の暗黒の宇宙を、遥々、旅してきた宇宙船団があった。
目指すは地球。
彼らは地球に向かって進んでいた。ステルス機能を装備した大艦隊を、地球人が発見することは不可能だろう。
――我がアロイカの為、地球を侵略するのだ!
それが艦隊の目的だった。
雲霞の如き大艦隊が地球を目指して、粛々と航行を続けている。やがて、地球の空は大艦隊に覆いつくされることになるだろう。
異星人たちの侵略が始まるのだ。好戦的な侵略者の出現に驚き、逃げまどう人たちで、地球は未曽有の大混乱に陥るに違いない。
有史以来、人類にとって最大の試練が訪れようとしていた。だが、人類はまだ、異変に気がついていなかった。
人類は地政学上の境界線を巡って、仲間内で紛争を繰り返すだけで、外敵が現れることなど考えもしていなかった。
平和という惰眠をむさぼっていた。
下町に「兼六苑」という蕎麦屋があった。金沢出身の大将が故郷の名勝地、「兼六園」にちなんで名付けた。
上手いと評判の蕎麦屋と言いたいところだが、蕎麦好きだった大将が脱サラして始めた店で、蕎麦よりも丼物が人気だったり、夏には冷やし中華がメニューになったりするような店だった。壁際に四人掛けのテーブルが四つ並び、カウンター席があって、その奥が厨房になっている。
「ねえ、あんた。店の前に変なものが落ちていたの」
表を掃き掃除していた小太りの細君が妙なものを持って店に戻って来た。
「変なもの?」
大将は厨房からカウンター越しに細君が手にしたものを見た。見ると大き目の鍋を二つ張り合わせたような不思議な形をしていた。直径は四、五十センチ、厚さは二十センチ程度、円形をしており、両手で抱えることができる大きさだ。
「結構、重たいのよ、これ」と細君が言う。
「何だ、それ、プラモデルか何かか?」
「さあ~見て、この辺なんか、精工に出来てるわよ。作った人は相当、器用なのね。妙に重いけど、中に何か入っているのかしら?」
そう言って細君は耳元で円盤状の物体をがらがらと振って音を確かめた。「あら、カラカラと音がする」
「どれどれ」と厨房で下拵えをしていた大将が出てきた。細君から円盤状のものを受け取ると、自分でも振って音を確かめた。
すると、円盤状の物体の一部がパカリと開いた。
「何だ、何だ⁉」大将と細君が顔を寄せ、中を確かめようとすると、「シュボッ」と音を立ててボールペンのキャップのようなものが飛び出して来た。
キャップはひょろひょろと飛んで行くと、壁に当たって、「パン!」と音を立てた。煙が上がって、壁が焦げた。
「あ、危ねえ~!」
大将は手に持っていたものを投げ捨てた。円盤はカラコロとテーブルの上に転がった。
円盤はテーブルの上でぴたりと静止すると、円盤の下部が開いて、スロープになった。
「な、何だ~?」
大将と細君が見守る中、何かがスロープを降りて来た。
赤茶けた土色の物体だ。生きている。見たことも無い生物だ。ひょろ長い二本の脚を重そうに引きずりながら、ゆっくりとした動作でスロープを降りて来る。右に左にふらついており、枝のように細い二本の腕を左右に広げてバランスを取っている。円盤を揺らしたので、目を回しているのかもしれない。
細い。手足が生えた植物のように見える。大将はナナフシという昆虫を思い出した。ナナフシが二本足で立っている――といった感じだ。全長は七、八センチ程度で、掌にすっぽりと収まるサイズだ。小さい。
ナナフシとの一番の違いは、落花生のように中央が窪んだ、体のサイズに比べて異様に大きな頭を持っていることだ。
ナナフシはテーブルの上に降り立つと、「野蛮なる地球人よ!我が宇宙船をブンブンと振り回すではない」と言った。
鼻は見当たらないが目と口があって、言葉を話すようだ。
「お、おいっ! ナナフシがしゃべったぞ!」
大将がテーブルを指さしながら、細君に言った。「いやだわ・・・」と細君は気味悪そうに頷いた。
「拙者はアロイカ。地球を征服する為に、アロイカよりやって来た」
「アロイカ――⁉ 何だ、そりゃあ?」
「アロイカは拙者たちの住む星の名前だ。拙者たち、種族の名称でござる」
「ござる――⁉」
「頭の悪い猿めが。拙者はアロイカだ」
「へえ~アロイカさんよ。あんたは宇宙人なのかい?」
「そう申しておるではないか。地球人は皆、おぬしのように頭が悪いのか?」
「おやおや、ムカつくやつだね~随分、流暢にしゃべるが、あんた、ロボットか何かで、何処かで操っているやつがいるんじゃないか?」
「愚かなる人間よ。拙者はアロイカでござる。おぬしのように低能、無知なるものには分からないであろうが、拙者の高度な知能を以てすれば、おぬしたちの言葉を操るなど簡単なことだ。昼飯前でござる。地球を侵略する為に、拙者はおぬしたち人間について、十分過ぎるほどの研究を行って来たのだ」
多少、古臭い言葉が混じっているが、確かに流暢にしゃべる。
「朝飯前だよ。飯時が違っているぞ。しかし、研究って・・・」
「ふん! おぬしたちは仲間同士で殺し合いをするような下等な生物だ。そして、仲間同士で命を奪い合う為に兵器を開発するような、好戦的で野蛮な生き物だ。拙者たち、アロイカは仲間を殺したりなどしないでござる」
「おいおい。さっき、火花みたいなものが、円盤から出て来たぜ」
「あれは、おぬしたちの兵器を参考に開発したものだ。どうだ、驚いただろう。野蛮人め。好戦的な人類は滅ぼさなければならない。このままにしておけば、地球の資源を食い荒らしてしまう。いつの日か、地球は人類に食い荒されて、砂漠のような惑星になってしまう」
「食い荒らすって、随分な言い方だな」
「拙者たちの住むアロイカの資源は尽きようとしている。だから、拙者たちは資源の豊富な、この地球に移り住むことにしたのでござる」
「何だ、あんたらだって、その、アロイカだかエロイカだかの資源を食い尽くしてしまったんじゃないか――⁉」
「アロイカは小さな星だ。この地球の二百分の一に過ぎないでござる」
「あんたら、俺らよりずっと小さいぜ。それなのに資源を食い尽くしたんだろう。だったら同じことだ。あんたらはエロイカの資源を食い尽くした。それでもって、いきなりやって来て、今度は地球の資源を食い荒らそうとしている」
「アロイカだ。馬鹿者! 小賢しいやつめ。この地球はエロイカ・・・うぬっ! アロイカの二百倍大きいのでござる。我々、アロイカがこの先、何万年も何十万年も繁栄を続けることができる。大き過ぎて、ちと重力が強過ぎるのは困ったものだがな。拙者たちの宇宙船は地球の重力に耐え切れずに、全て地上に落ちて来てしまった」
テーブルの上で、フナムシはフラフラしている。体が細いので立っていられるが、地球の重力が強過ぎて、体を支えるだけで精一杯なのだ。のろのろとしか動けない。
「ははあ~それで、うちの店の前に落ちて来たって訳だ。間抜けな奴らだ」
「ふ、ふざけるな! おぬしら下等生物の人類が、アロイカを馬鹿にするなど、許されることではないでござるぞ。いいか、よく聞け! 拙者たち、アロイカはこの地球を侵略する。地球に寄生するウジ虫の如き人類は、抹殺し、大地の肥料としてくれるでござる。
人類のほんの一部・・・そうだな・・・十パーセントくらいなら、食用と研究用に残しておいてやっても良いでござる。おぬしも生き残りたいなら、我々の指示に従うのだ。おぬしは拙者の家畜にしてやろう。拙者の言うことをよく聞いて、指示通り動くのだ。そして、おぬし、そこの人間――」とフナムシは細君を指さして言った。「おぬしは食用だ。丸々と太って食べ応えがありそうでござる。食用として――」
バン――!と大きな音がした。
「あちゃ~ついカッとして手が出ちまった」
大将はテーブルの上にいたフナムシを叩き潰してしまったのだ。テーブルの上で、フナムシは原形もとどめない程、ぐちゃぐちゃになっていた。血液は紫色をしているのか、テーブルに広がった紫色の液体の中に内蔵らしきものが広がっていた。
「こりゃあ、掃除が大変だな。そろそろ、店を開けなきゃならない時間だ。お客が来る。おい、急いで綺麗にするぞ」
大将が声をかけると、「ねえ、あんた。こんなことして大丈夫なのかい?」と細君が心配顔で尋ねた。
「こんなことって?」
「だって、あんた。宇宙人を叩き潰してしまったんだよ」
「ああ、まあ、そう言うことになるか」
「どうしましょうね」
「どうしようも何も、どうしようもない」
「この円盤、どうする?」
「さあ・・・市役所にでも、持って行って相談してみるか? 警察かな?」
世界中でアロイカの円盤が確認された。
各地で、アロイカの円盤は、地球の重力に耐え兼ね、地上に不時着していた。接触しようと試みた人間に対し、火器で攻撃してくる為、迂闊に近寄れなかった。だが、アロイカが人間を真似て作った火器は花火程度の火力しか有しておらず、攻撃を受けた人間は火傷を負う程度だった。
拿捕したアロイカの研究が行われた。
アロイカはサイズが小さいだけで、地球と瓜二つの惑星であったようだ。同じように太陽のような恒星の周りを回っている。
アロイカには性別がなく、生殖ではなく分裂して増えて行くことが分かった。地球の時間で、三年弱の寿命の間に何度か分裂を行い、個体を増やして行く。
昆虫に近い生物が知性を持ち、進化してきたようだ。基本的に草食だが、アロイカには動物が生存していなかっただけで、肉食も問題ないらしい。
母星では唯一の知的生命体として繁栄を享受してきた。だが、個体数の増加に悩むようになり、そんな最中、巨大隕石がアロイカを直撃した。日照時間が激減し、植物は枯れ、資源は枯渇した。
アロイカは高度な文明を有していたが、凡そ戦うということを知らない平和な種族だった。母星と似た星を探す過程で地球の存在を知り、地球人を研究した。そして、武器の存在を地球人から学んだ。どうやら、映画やドラマを見て、地球人のことを学んだようだ。
地球は過去に何度も異星人の侵略を受けて来た――と彼らは思っていた。
地球について研究し尽くしたつもりだったが、アロイカはそのサイズが母星より二百倍大きなことに、侵略の直前まで気がつかなかった。
地球にやって来て驚いた。
地球には大量の資源があったが、侵略するには小さ過ぎた。彼らの円盤は地球の重力に耐え切れずに、地上に落下、海に落ちたものは海底深く沈んでしまい、二度と浮上できなかった。
地上に落ちたアロイカは侵略を開始したが、彼らの火器では威力不足で効果は無かった。やがて火器が尽きてしまったようで、地上に転がった円盤はゴミとなった。
最初は警察や軍隊が出動し、円盤の回収に当たっていたのだが、その内、危険性は低いとみなされ、市役所から専用の回収袋が配布されるようになった。回収日が定められ、円盤を拾ったものは専用の回収袋に入れ、所定の場所に廃棄しておけば、地方自治体の回収車が回収してくれるようになった。
――勝手に円盤を所有、分解したり、アロイカを飼ったりしてはいけません!
と連日、テレビやネットで注意勧告が繰り返された。
当然、円盤から逃げ出すアロイカがいた。
だが、重力により機敏に動くことができなかった。人や車に踏まれるものが後を絶たず、野良犬や野良猫、カラスなどがアロイカを好んで食べた。ペットフードを製造する会社がアロイカの成分を分析したところ、栄養価が高く、犬や猫が好んで食する味だと分かった。アロイカはペットのおやつとして、大ヒット商品となった。
円盤から逃げ延びたアロイカたちは動物の餌となり食い尽くされた。こうしてアロイカの侵略は終わった。
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