五〇点のあなたでも、わたしにとっては一〇〇点満点なのです

アソビのココロ

第1話

「僕が欲しいのはお金じゃない。好感度なんだ!」

「その答えは五〇点ですね」


 今日はわたしの主人のネスター・ゴールドイル侯爵令息に付き合って、令嬢との会話レッスンです。

 ネスター様は領での生活が長かったせいか、解釈や言い回しに独特なところがあるのです。

 ゴールドイル侯爵領は交易が盛んで、外国人が多いらしいですからね。


 ただそのユニークな会話表現のせいで、王都の貴族学院では誤解されてしまうことがあるようで。

 わたしはおかしいところを指摘する役を命ぜられています。


「うむ、どこが悪かったろうか?」

「前半は結構です。しかし好感度を欲しがってはいけません」


 わたしはフローラ・ピーク。

 騎士の娘で王都育ちです。

 ネスター様の専属侍女を務めています。


「『僕が欲しいのはお金じゃない。愛なんだ!』ならば合格です」

「愛と好感度はどう違う?」

「愛ならば、伝えた相手の愛が欲しいんだというふうに取れます。これが好感度になりますと、誰からも好かれたいという意味になってしまいます」

「欲張りに思われるということだな? なるほど、理解した」


 うんうんと頷くネスター様。

 仕えていればわかります。

 ネスター様は頭のいい、素敵な方なのです。

 学院では『顰蹙令息』なんて呼ばれているそうなので、ぜひ名誉を回復して差し上げないと。


「次行きましょうか」

「君の瞳は美しいね。ミカンキャンディーのようだ」


 私の黄色がかったオレンジの目を褒めてくださったようです。

 照れますね。

 しかし……。


「そこはミカンキャンディーでなくて、素直にトパーズとかゴールドシトリンに例えた方がいいですね」

「何故だ? 高価な宝石に例えるなど、無粋ではないのか?」


 先ほどの『僕が欲しいのはお金じゃない』は良かったので、それに引っ張られているようですね。


「よろしいですか? 相手の瞳を褒める意図があるわけです。つまり相手の所有物を、です」

「所有物……」

「相手の所有物を例えるのに、価値の高いものであるべきか低いものであるべきか。御熟慮願います」

「うむ、フローラの言うことはわかりやすいな」


 わあ、キラキラした笑顔です。

 そういうお顔はどこぞの御令嬢に見せるべきですよ。

 私にはもったいないです。


 ……私だってネスター様と結ばれたらと考えることはあります。

 もちろん侯爵家の嫡男と騎士の娘とでは、身分が違うくらいのことは理解していますけれども。

 考えるくらいは自由ですよね。 


「次にまいりましょうか」

「僕の愛人になってくれ!」


 ああ、このセリフが本当にわたしに向けられたものだったら。

 とても幸せな気分に浸れたことでしょうに。


「ううん、愛人でなくて、恋人の方がいいですかね」

「む? それはどうしてだ? 愛はいい言葉ではないのか?」


 『愛』と『好感度』の件を覚えていらっしゃるようですが……。


「愛自体は素敵な言葉だと思います。でも愛人となると、性的な印象と正式なパートナーではないというニュアンスがあるのです」

「難しいものだな」


 眉を顰めるネスター様。

 王都の表現に慣れていないネスター様には、難しいと思えるのかもしれませんね。

 でもネスター様にはエキゾチックな魅力がありますよ。

 顰蹙令息なんて誰が言いだしたことやら。

 失礼だと思います。


「では改めて。僕の恋人になってくれ!」

「……えっ?」


 ネスター様の視線は真っ直ぐに私を捉えています。

 これは……えっ?

 勘違いしそうなのですけれども。


「僕は正確に理解しているぞ? こうだな」


 ネスター様ったら、笑顔のまま右手を差し出してきました。

 こんなの……こんなの間違いようがないではありませんか。

 まさか顰蹙属性が発揮される場面じゃないですよね?

 ああ、神様!


 ネスター様が一語一語確かめるように言葉を紡ぎます。


「フローラ。君は、賢く、親切だ」

「ネスター様……」

「君が、好きだ。僕の、婚約者になってくれ」

「……嬉しいです。でもよろしいのですか? わたしでは全然身分の釣り合いが取れないでしょう?」

「ハハッ、問題ない」


 大問題だと思いますけど。

 ネスター様はゴールドイル侯爵家を継ぐ身です。

 侯爵家って大貴族ですよ?

 騎士の娘なんかが婚約者になっては、他家に侮られるのではないでしょうか?

 ただでさえ学院で顰蹙令息などと呼ばれているのに。

 私のせいで迷惑をかけるわけには……。


「既にピーク家には了承を取ってある」

「えっ?」


 実家にですか?

 どういうこと?


「まあ家格の面でギャースカ文句を垂れる者もいるだろうからな。ピーク家から見ると本家に当たるクイグリー伯爵家があるだろう?」

「は、はい」

「クイグリー伯爵家にゴールドイル侯爵家との共同事業を持ち掛け、条件の一つとしてフローラを養女とすることに成功した。三日後から君はフローラ・クイグリー伯爵令嬢だ」


 ネスター様有能!

 仕事が早い!

 こういうことだと口調が滑らか!

 

「では、よろしいのですね?」

「もちろんだ。誰にも文句は言わせん」

「よろしくお願いいたします」


 ネスター様の手を取りました。

 ぐいと引き寄せられ、抱きしめられます。

 ああ、何という幸せ。

 夢みたいです!


 わたしの頬を伝う涙を、ぺろっと舐めとるネスター様。


「フローラの涙は美味いな。塩気が利いている」

「もう、ネスター様ったら」


 いい場面なのにズレているのですから!

 ……でもそんなところも好き、なのです。

 一〇〇点満点なのです。


「ほう、王都では満点は一〇〇点がスタンダードなのか」

「えっ?」

「フローラは一二〇点だな」


 もう、大好き!

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