第82話 命の味
草薙が絨毯の上に座り、四人のお茶会が始まった。
小熊は申し分の無いコーヒーと菓子を食べながら、話の切り出し方を窺った。
以前黒川の街中華でそうしたように、まずはバイクの話でもして場を和ませたほうがいいのか。
それなら最近バイクに乗り始めた南海が疎外感を覚えることは無いだろうし、小熊や南海より少し長く原付バイクと付き合っている草薙から、何か学びを得られることもあるだろう。
バイクに全く興味の無い、どちかかといえば忌避している後藤はどうだろうかと思ったが、多分後藤の思考や感情には疎外感という概念自体が存在しない。
それを自ら表明するように、後藤はバター茶なる奇異な飲み物を無作法な音を立てて啜り、ゲップを吐きながら言った。
「味噌汁みてぇな味だ」
草薙はまるでそんな後藤が愛おしいとでも思っているかのような笑顔を浮かべ、後藤と同じバター茶を上品な仕草で口にしながら言った。
「同じような物です。生きるために毎日飲むもので、命の味がします」
後藤は頭を反らせながら笑った、それからバター茶をもう一口飲んでから言った。
「くだらねぇ柚子やら甘鯛やらの入った料亭の味噌汁じゃなく、刑務所の味噌汁だ。具は椀に映る自分の目玉だけだってな」
後藤が料亭の奥座敷で出される味噌汁の味を知ってるのかどうかは怪しいが、中村の話では育ちは悪くないという後藤が、料亭に連れていかれて何をしでかすのか小熊には目に浮かぶような気がした。きっと重厚で厳粛な食卓でスマホを見ながら、飯を味噌汁にぶっかけてかきこむような事は平気でやるんだろう。それから料亭建築の建物にありがちな火災における複雑な避難経路の危険個所を実に嬉しそうに、まるでそこに折り重なって息絶える人間が見えているかのように教えてくれるだろう。
小熊の不愉快な想像を察したのか、後藤が飲みかけのバター茶を押し付けて来る。美味なるものは独り占め、
確かに病院で飲んだ味噌汁のような味がした。それも具とダシを最低限までケチった味噌汁のような味。
退院後は二度と具無しダシ無しの味噌汁を啜る生活をするまいと思い、バイク操縦と日常生活における安全を守るべく務めているが、全身麻酔による手術とその後の絶食を経験し、飢えに耐えながら食べ物を消化する能力を回復させて絶食から解放された時に啜った味噌汁は、確かに命の味がした。
共に自らの恥ずべき落ち度による骨折での入院経験がある小熊と後藤は、互いの秘密を共有するような少々気まずい笑みを交わした。
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