第38話 偽物

 草薙はダックスに乗り始めた。

 高校生の草薙にとって初めて乗る原付は、自分で行ける松本市街やシャリィに乗る幼馴染とのメンテナンス時間よりも価値あるものをもたらしてくれた。

 草薙が以前から抱いていた、オカルト本やネットサイトに対してのニセモノ感。

 オカルトを愛好する人間からいかに効率的かつローリスクで利益を吸い上げるかが透けて見えるようなコンテンツは、高校生になった草薙にとって飽きの来る物だった。

 多少なりとも自分の退屈を打ち破れるんじゃないかという可能性を感じたのは、SNSや動画サイトに投稿される怖い話やオカルトスポット探訪だったが、それもある程度見れば承認欲求と盗用にまみれたコンテンツで、アフリエイト収益を目的に人じゃなくAIが書いたような怪談話や、他人の書いた内容を口調や画像素材を変えただけの代物、盗用動画まみれの投稿も随分見せられた。

 

 そういう怪談を自分で生み出そうにも、草薙には創作趣味など無く、民俗学やローカルニュースの資料を集めるのも高校生のバイト代では無理。

 図書館で借りた硬派と言われる怪奇話を読みながら、自分はもう恐怖に触れることは出来ないのか、他人が作った物で満足するしかないのかと諦めていた頃、シャリィに乗った幼馴染は言った。

 「森を見に行けばいい」

 宮大工を夢見て日々自分の志望に合った進路を探している幼馴染は、宮大工が寺社仏閣を建てるには、まずその素材である木を見に行くという。

 自分の理想とする木を探すため、彼らが見に行くのは建材通販のネットサイトや木材の市場ではなく、その木が生えている森だという。


 銘木といって高値をつけられた木が、その伐採場である森林地帯の開発で高品質な木材など望めぬ環境になっていることもある。逆に周辺の森林で行われた伐採が、森の育成にいい効果を発揮することもある。日本では戦後に広く行われた植林も、以後の間伐などの適切な森林管理が行われたか否かで、木の品質は大きく変わる。欧州に古くからある森林地帯も、戦時の木材大量消費や燃料不足で禿げ山になった歴史的経緯を抱えていて、木そのものが素材として若すぎることもある。

 地元の祭祀で使われる神輿の製作など、長らく築き上げた信頼の中で依頼を請け、決して失敗の許されない宮大工という人たちは、時に千年の時を経て評価されるような仕事の前に必ず森を見に行く。

 伐採業者や木材の仲買人の嘘に騙されぬ仕事をするのに必要な事ながら、必ずしも全ての宮大工がそういう事が出来るとは限らない宮大工の仕事で、手抜きをしない職人になるべく、日々色々な森や、あちこちにある宮大工の仕事を見て回るためシャリィに乗り始めたという幼馴染は言っていた。

「本やネットサイトを読むよりずっと当てになる。専門書や論文がいかに情報の切り捨てや取りこぼしが多いか、実際に見に行ってみるとよくわかる。人間にはそのために五感ってものがある」


 幼馴染の言葉は草薙に衝撃を与えた。商業的に作られて耳障りよく成形されたオカルトに食傷気味になったなら、そのオカルトが生み出される場所を実際に見に行けばいい。

 草薙はダックスで走る目的を得た。作り物のオカルトをただ消費するだけでなく、それを作って売る側になるのでもなく、長野の途方もなく広大な森をダックスで走り、自分だけの怪談を探し始めた。

 ずっと他人が怖がる様を見ていた少女は、自分自身の恐怖の形を知りたいと望んでいた。

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