第36話 オカルトスポット

 小熊はオカルトスポットなる草薙の言葉に曖昧な反応を示した。

 専門知識などなにひとつ無い物に関して知ったかぶりをしてもしょうがない。ただ、小熊の専門分野といえるバイクとオカルトスポットは、近いともいえない関係を有していた。

 バイク誌では夏になると必ず心霊特集が組まれ、同じ出版社の他誌から引っ張ってきたか、あるいはAIにでも書かせたような恐怖体験談が幾つも載っている。

 車や鉄道より気候や周辺環境の影響を受けやすく、一般的には自転車や徒歩より行動範囲の広いバイクとオカルトは、相性がいいとも言えなくもない。


 小熊はそういう話、特に機械の構造と自分自身の扱いの責任でしかないバイクのトラブルを怪奇現象に絡めた話をあまり好んでいないし、以前バイク特集の仕事で知り合った大手ネットサイトの人間から、オカルトスポットが作られる経緯や条件について色々と聞かされた。

 まず人里離れて薄暗く、わかりやすく人間の恐怖の感情を刺激しやすい場所であること、デタラメな作り話を載せやすい経緯不透明な事件があった場所であること、何より土地権利の帰順が不確かで、面白半分に根拠の無い風評を流しても抗議が来る可能性の低い場所であること。

 

例えば特定の個人所有敷地を過去に殺人が行われた現場だとも取れる表現で公表し、心理的瑕疵のある物件として扱われたと訴訟でもされれば、それにどういう裁定が下されようと個人アカウントくらい簡単に吹っ飛ぶし、法人としての雑誌はそういうリスクのある案件は扱わず、テレビ番組の制作会社ではとうにオカルトを肯定する内容の作品は禁止されている。

 特に地主が高齢で大手不動産管理会社のような後ろ盾が無い場所がよくオカルト趣味を好む人間に狙われる。

 小熊は心霊番組の作り方について、テレビ業界で長く仕事をしている中村から聞いたことがある。彼女曰くまずはホラージャンルの映画やドラマ等からプロモーション予算をせしめ、スタジオに並べて悲鳴を上げさせる、それ以上の事は何も求めない芸人やタレントを揃える。あとは過去の発表されたホラー作品に似た雰囲気で、かつロケ車が駐車しやすく地権者からの抗議が来ない場所を探し、最低限の予算でロケに行かせて素材を録り、スタジオの反応と合わせて番組を一本作って納品するだけ。過去に放送された番組と同じような構成でも問題ないし、創意など求められぬ仕事は新人に経験を積ませ制作会社を潤わせるに都合のいい仕事らしい。

 中村は言っていた。

「人間の本質的な感情である恐怖を煽るホラーと性欲を刺激するポルノ、食欲を満たすグルメ、作り方ははみんな同じだ。やりがいなどどこにも無いが、我々はそれで食ってるし、それで客が欲しがる餌を日々投げ与えている」


 もっと簡単な制作手順としては、海外の番組が制作した映像を買ってくるという方法があって、テレビ局に金が有り余っていた一九九〇年代には衝撃映像特集なんてものが放送され、幼少期の後藤はその頃に放送されたというショック映像の録画動画を飢えるように見ていたらしいが、今は高額な映像を買ってきて無料で流せるほど予算に恵まれたテレビ局はどこにも無く、ホラーやオカルトはグルメやポルノより安価で放送枠の穴埋めが出来るコンテンツとして消費されている。

 小熊は目の前に居る草薙という女も、そんな俗悪で安普請なコンテンツの消費者なのかと思った。

 あるいは、反逆者なのか。

 小熊の疑問に答えるように、草薙はスマホを操作し、黒と紫の画像が並ぶカメラロールを小熊に見せた。

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