さらば、炎夏
神田山 空
Part 3
1
工学部を卒業して、私は上に行く道を諦め、地元にある研究所に就職した。
研究所は住宅街から離れた道のビルの地下一階にあり、なぜかわからないがビルの案内板には載せていない。そのせいか、立入禁止の看板もないものの、関係者以外の姿はいつでも見えない。
由美子は私の同期であり、その年で入所した研究者は私たち二人だけなので、自ずと仲良くなってきた。
由美子と話すのはすごく楽しかった。理系女子のみんなは口数が少ないように見える。由美子も一見そういうタイプだろうと思うと、話しかけてみれば案外おしゃべりな人で、彼女と一緒にいる限り、話題がないことはまずなかった。
聞いてみると、彼女は東京の有名大学出身だとわかった。
驚いた私は「なんで地方に戻ったの」と尋ねると、
「親が厳しくて、所詮女だから実家に帰れって」残念そうな顔で応えた。
「で、たしか
「奥深い知識を身につけて修士や博士の学位を取るなんて興味ない。仕事に役立つものがもう十分だと思ってた。実は東京で就職してみたよ。でも女子だし、一流大学の新卒でもないし、採用してくれる会社はなかったから、仕方なく」
由美子はちょっとびっくりしたようだけど、一応納得したように見える。おそらく、彼女は男女平等とかを信じていたのだろう。今の時代になっても差別があるなんて思わなかったのかもしれない。でも時代に置かれている我々はその事実を受け止め、そして生きていく道を自ら探すしかない。私だけでなく、由美子もそう信じているに違いない。
たしかに、うちの研究所にも8割は男だ。幸いなことに、雑用係でなくちゃんとした仕事があるのが助かった。せっかく大学であんなに頑張っていたから、せめて自分の力を発揮したいと思っていたのだから。
穏やかな生活は続いていた。上司からの配慮があるから、私と由美子は常にコンビを組んで昼夜を問わず研究に没頭しようとしていて、切磋琢磨しながら成長していた。私たちの誰もが自分の進歩に気づいた。もちろん業績が上がったため、大事な仕事を任せることもよくあった。
ちょうどその頃、私は由美子に対する感情がちょっと変わったような気がした。自分より頭がいい人がそばにいると、やはり安心感が増した。でもしばらくすると、彼女さえいれば、自分が実力以上の力が得られ、今までにない効率で仕事を終わらせることができる、と私はそう思うようになった。
ある日、私たちはまた所長室に呼ばれた。入所から四年目、それは大事な仕事、あるいは極秘の任務が出てきた合図だとわかっている。
白髪の所長は厳しい顔つきで、私たちにこう言った。
「脳科学の研究にはお二人とも詳しいと思うが、今回はちょっと違う。君たちにやってもらいたいのは、機械に意識を宿らせることだ。しかし、もし意識が人間の力でコントロールできるなら、濫用のリスクがかなり高い。だからしばらくそれは部外秘だ。いいか。頼むよ」
所長室から出て、私たちは黙り込んだ。人間の意識を機械に宿らせるなんて、SFでしか出られない発想だと思われる。しかも所長の言及した技術悪用の話は考えだけでも恐ろしい。
それでも、未知の世界に足を踏み入れ、科学の謎を解明するのが堂々たる研究者としての責任だと私たちは痛感した。
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