第22話 前世で武神と呼ばれた男、辺境伯に知られる④

 二日前、ヒューゴという男に助けられた。


 そして、私の双子の兄――シアド・ラゴールも彼に助けられたと聞いた。


「シェナ、行くよ」


 シアドは屋敷の廊下で壁に背中を預けている私に声をかけた。


「ええ」


 私はシアドに応じ、彼について行く。


 向かう先は私達、双子の父――エドゥアルド・ラゴールの執務室だ。今、私と兄は父に呼び出されている。


「凄かったね、ヒューゴ君」


「凄かったという言葉だけでは言い表せません、武器も持たずにサイクロプス・ジェネラルとバジリスクを簡単に倒してしまうのは並大抵のことじゃありませんですの……少なくともサイクロプス・ジェネラルは玄人の冒険者が一〇人いても倒すことは困難かと……」


 私は尻すぼみに喋ってしまう。


 ヒューゴ・ブラックウッドは命の恩人だけども、彼に対しては感嘆と畏怖を抱いてしまう。


「怖いかい? 彼の力が?」


「多少、怖いですけれども、私達を無償で助けていることを鑑みれば、無暗に力を振るうお方ではないので人としては信頼できると思いますの」


「うん、僕もそう思うよ。さて、父上が待っているから行こうか」


 シアドはドアノブに手を開けて執務室に入る。私は兄に付いていった。


「来たか二人共」


 父は窓を背にして、後ろ手を組んでいた。


「話はヒューゴ・ブラックウッドについてだ」


 そう言って、父は席に着いた。

 

 銀髪で金色の瞳を有しており、ウェーブがかかったロングヘアの毛先を肩の前に出していた。鋭い目付きは人の考えていることを見透かしているようだった。


 私とシアドは後ろ手を組んで、父の前に立つ。


「騎士達から話は聞いている。サイクロプス・ジェネラルを蹴り飛ばし、手から風系の魔法と魔力の塊を放って塵も残さず相手を消し去ったとか……信じられんな……お前達はサイクロプス・ジェネラルがどれくらい強いか知っているか?」


「先程、シェナから聞いたところ玄人の冒険者が一〇人いても倒せないとか」


「文献にはそう書いてあるな、シェナはどう感じた?」


「ハッキリ言って敵う気がしませんでした。おまけに口から光線を放つなんて考えもしませんでした。あれを食らってたら私達は全滅していたかもしれません」


「その様子だとサイクロプス・ジェネラルの真の強さを見たわけではないようだな。俺は実際にサイクロプス・ジェネラルと相対したことがある。二五年前の話だ」


 その言葉に私達は目を丸くする。初耳だからだ。二五年前というと、父は今三六歳なので一一歳のときだ。


「若かった俺は、剣を持つだけで遠巻きに騎士達が戦うのを眺めているだけだった」


 父は語りながら遠い目をしていた。


「犠牲になった騎士の数は三〇人」


「「なっ⁉」」


 私と兄は思わず、声を上げる。


「体には矢や剣が通らない、魔法で手傷を負わすことができたがあやつは再生能力を持っていたので焼け石に水だった……最終的には大きな落とし穴を作り、そこに誘いだしたうえで魔法を撃ちまくった。恐らく罠を仕掛けなければ五〇人以上の騎士が犠牲になっていただろう」


 その言葉に冷や汗が出てきた。ここは国の国境沿いにある地域。つまり防衛の要でもある。故に騎士達も相応に強い。


「その様子だと、ヒューゴ・ブラックウッドの異常さが分かったようだな。彼は個人で騎士の小隊以上の力を優に超えるとうことだ」


「一体、どうやって、そこまでの力を……!?」


 私は思ったことをつい口にする。


「もう一度聞くが、彼は本当に一五歳なのか?」


 その言葉に私達は頷いた。


「ふむ……バジリスクの件についても異常だ。バジリスクの皮膚は鋼鉄の剣で斬りつけても表皮に傷が付く程度だ。無論、使用者の技量によっては傷を与えれる。とにかく、バジリスクの首を素手で捻り取れるということは、大概の魔物の体を手で千切ることだって可能だ」


 バジリスクの件については半信半疑だった。しかし、騎士と兄という目撃者がいる以上、本当なのでしょう。


「野放しにしておくには惜しい人材だ。彼の存在は国にとって重要になる……しかし、この成果を国に報告するとどうなる?」


「確実に引き抜かれますね」


「ふふっ、そうだろう」


 兄の言葉に父はほくそ笑む。ヒューゴ・ブラックウッドを領地内に置いときたいのでしょう。国は辺境の実態など知らない。監査官こそ定期的に送ってくるが形だけ。手元に強い人物が必要に違いない。


 そのとき、扉がコンコンッと叩かれる。


「何用だ」


 父が扉の外にいる人に話しかける。


「ヒューゴ・ブラックウッド、ソリス・イヴァンナ、ハッカ・トロフィムの三名がエドゥアルド様と話したいとおっしゃっているのですが……追い払いますか?」


「なんだと! 早く応接室に案内するんだ!」


「えっ、は、はい!」


 父は思いがけない幸運を掴んだように立ち上がった。

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