肯定

「御樹ちゃん……」


 急に泣き始めた御樹に、閑斗はかける言葉を失っていた。


「とりあえず、座ろうか」

「……はい」


 閑斗が御樹にベンチに座るように促すと、御樹は言われるがままにベンチに腰を下ろした。


「俺、何か泣かせちゃうようなこと、言ったかな」


 閑斗は御樹の隣に座ると、明らかにうろたえている。


「宮瀬さんが、うぐっ、悪いわけじゃ、えぐっ、ないんです」


 御樹はどうにか気持ちを落ち着けようとしていた。


「なら、どうしてかな」

「わたし、高宮の家ではずっとお姉ちゃんと比べられていて……それで、ずっと自分に自信がなくて」


 御樹は今までの想いを少しずつ話し出す。


「わたしなんか、誰にも必要とされてない、って、そう思っていて」


 感情がぐちゃぐちゃになって、上手く話せずにいる御樹を、閑斗は何も言わずに見ていた。


「もっと、わたしに力があれば、違ったのかな、っていつも思っていて」


 もっと流暢に話したかったが、涙が止まらないのと感情が高ぶっていることもあって、途切れ途切れにしか言葉が出てこなかった。


「だから、宮瀬さんが、いくら命の危機があったからって、特に修行もせずに力を身に付けたっていうのが、どうしても許せなくて」


 そこで、御樹ははっとした。


「ごめんなさい。勢いとはいえあんなことを」

「いいよ。御樹ちゃんも、色々と大変だったんだね。俺は砕下に関わるまでは普通に生きてきたから、その辛さは理解したくてもできないけど」


 御樹が閑斗の胸元を掴んだことを謝ると、閑斗はゆっくりと首を振った。


「そんな……わたしは、そういう家に生まれて、そうやって育ってきたから、覚悟はできています。でも、宮瀬さんはそういったことが関係ない日常に生きていて、それが突如として崩れたんです。それに比べたら、わたしなんて」


 御樹は生まれた時から砕下と戦うことを運命付けられ、そうやって生きてきた。だから、砕下と戦うこと自体に対する覚悟はできていた。

 だが、閑斗はそうではない。何も知らずに生きてきた人間が、砕下という非日常に巻き込まれるというのは理不尽以外の何物でもないだろう。


「でも、そのおかげで御琴と出会えた。御琴と出会うまで、俺は何も考えずに、いや、無気力といっていいかな。そんな感じで生きていたからね。砕下と関わらなかったら、御琴に出会えなかったから、その点では感謝しているくらいだよ」

「強い、ですね」


 それを聞いて、御樹はポツリと言った。


「強くはないよ。俺がこういう風に考えられるようになったのは、御琴と出会えたおかげだから。だから、御琴のおかげかな」

「宮瀬さんにとって、お姉ちゃんは大切な人だったんですね」

「そうだね」


 そう答える閑斗は、どこか遠い目をしているようにも見えた。


「宮瀬さん」


 御樹は閑斗にかける言葉が見つからずにいた。そこまで大切に思っていた相手を失った、という喪失感はどれほどのものだろうか。


「話をしたら、少し落ち着いたみたいだね」


 いつの間にか泣き止んでいる御樹を見て、閑斗はそう言った。


「あっ」


 その言葉に、御樹は自分の頬に手を当てる。ぐちゃぐちゃだった感情も、大分落ち着いてきていた。


「すみません、あんなに取り乱して」


 そして、出会って間もない閑斗に対してあれだけの感情をぶつけてしまったことを、自分でもどうかしていたと感じていた。


「御琴とずっと比べられてきて、御樹ちゃんは大変だったと思うよ。そもそも、誰かと比べてどうこう、というのがおかしいんだけど」

「それは……」


 閑斗は御樹を責めるようなことをせず、逆にその苦労を忍ぶようなことを言った。


「高宮の家は、砕下を倒すという使命を帯びている家だからね。だから、御樹ちゃんに厳しいことを言うのは仕方ない部分はあると思う。でも、御琴と比較してどうこう言うのは間違っているんじゃないかな」

「それは……」


 御樹は返答に困っていた。御琴と比較されてきたことは事実だったし、それで辛い思いをしてきたことも否定できない。だが、自分にもっと力があればこんなことにはならなかった、という思いもあり、複雑な心境だった。


「御樹ちゃん、もっと自分に自信を持たないと。御樹ちゃんには、御樹ちゃんの良いところがあるんだから」

「えっ」


 そんなことを言われて、御樹は驚いて閑斗の顔を見た。


「御樹ちゃんはずっと御琴と比較され続けてきて、自分に自信がなくなっているように見えるんだ。本来なら、誰かがそんなことはないよ、って言ってあげるべきだと思うけど、そんな人もいなかったみたいだしね」

「自分に、自信を……」


 閑斗に言われた言葉を、御樹は繰り返した。

 閑斗の言うように、御樹は自分に自信が持てなくなっていた。そうやってずっと生きてきたから、どうやったら自分に自信を持てるのかわからなかった。


「まあ、それが簡単にできれば苦労はないけどね。それに、俺なんかが言っても説得力ないかな」

「そんなことは、ありません。わたし、そう言ってもらったのは、初めてですから」


 そう言って笑う閑斗に、御樹は大きく首を振って言った。


「大分元気になったようだね。突然泣き出した時は、本当にどうしようかと思ったよ」


 閑斗は安堵したように言った。


「あっ……本当に、すみません。自分でも、どうしてあんなに取り乱してしまったんだろう、って」


 御樹は大きく頭を下げた。


「だから、いいよ。御琴の妹なら、俺にとっても妹みたいなものだからね」

「……妹、ですか」


 御樹は何ともいえない気持ちになっていた。兄が欲しいと思ったことはないが、閑斗のような兄がいたら、それはそれで悪くないと思う反面、初対面の相手に妹扱いされるのはどうも落ち着かなかった。


「いきなり会った相手に、妹扱いされるのは嫌だったかな」


 御樹の表情が変わったのを見てか、閑斗はそう言った。


「そういうわけではないんですが。自分に兄がいるというのが、どうにも想像できなくて」

「まあ、いきなり兄弟ができればそうもなるか……随分と、暗くなったね。送っていくよ」


 閑斗は周囲を軽く見渡した。随分と長いこと話し込んでいたのか、辺りがすっかり暗くなっていた。


「いえ、そこまでしてもらうわけにはいきませんから。もう、大丈夫です」

「そう。なら、気を付けてね」

「はい。今日は、すみませんでした。それと、ありがとうございました」


 御樹は閑斗に頭を下げると、その場を後にした。

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少女は人知れず異形と踊る @you-tamenaka

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