第2話 星の輝きに満ちた世界


 マキナは眩むような閃光に視界を塞がれ。

 身体を衝撃が襲う。

 脚は地面を離れ、錐揉み状態で宙に投げ出された。


 何体もいる傀儡くぐつ接続リンクが切れていく。

 距離が離れ過ぎた時の反応だ。

 彼女の感覚では周りにはもう二体しか反応がない。

 その二体だけでも失うまいと、意識して彼女とパペットを繫ぐ『』の強度を上げる。



(あー、もうッ!『パペット』たち安くないのにッ!壊れてないよね!?後で絶対回収しないと!)



 彼女は心の中で憤慨しながら、上も下も分からない乱雑に回る感覚に身を任せて回転が落ち着くのを待つ。

 目が眩み、前後左右上下不明な状況でも余裕があった。

 それは彼女が『常人ツネビト』とは違うから。


稀人マレビト』はこの程度の勢いで建物に激突してどうにかなるほどやわではない。

 それが平静を保ててる理由だ。

 だが、多少の怪我は覚悟せねばならなかった。

 彼女は衝撃に備えるように身を固くする――――が、一向に来る気配がない。



(長い!長すぎ!どれだけ飛ばされてんのッ!――――ん?勢いが収まった?)



 あまりにも長い浮遊感に文句を思いつつ。

 回転も落ち着き、地面にむけて落ちていく。

 眩んだ視界も徐々に戻り、目に映る景色は――――



「……………………うそぉ」



 複雑な色に輝く極光の空。

 かつては栄華を誇っていたであろう崩壊した街並み。

 至るところで煌めく、大小様々な星光の鉱石。

 幻想的で神秘的なの光景だ。


 そこは百年以上前に突如として現れ、世界を混迷に落とした異世界。

 そこは【境界ボーダー】を越えた先にある新天地。

 そこは人に仇なす奇々怪々の怪物が蔓延る危険な地。

 そこは大いなる力が渦巻く未開の宝庫。

 そこは――――



 星光のきらめきに満ちた、【星幽アストラル界】と呼ばれる場所だった。



「もしかして【境界崩壊】ッ!?」



【境界崩壊】――――それは正規の手順を踏まず、閉じた【境界ボーダー】に衝撃を与えることで起こる現象。

 無理矢理こじ開けられた異界の扉は異常を起こし、周囲一帯を異界に引きずりこんでしまう。自然には決して起こらない人災だ。


 マキナは中年の男が起こした【境界崩壊】に巻き込まれ、いきなり【星幽アストラル界】の空に放り出されてしまった。

 地上から遥か上空を自由落下しながら、彼女は努めて冷静さを保とうとするが――――無理だった。



「~~~~ッ!?――――あんのバカッ!?なに人巻き込んでくれてんの!?これ『パペット』の回収絶望的だよ!?あーーーー、もうッ!まだローン残ってるのにーーー!くそーーーーーーーー!!!」



 失った高価な傀儡ものの大きさに嘆きながら空に吠える。

 広大な【星幽アストラル界】で見失った傀儡くぐつの捜索なんかすぎて無理だからだ。

 ちなみに着地の心配はしていない。

 コツはいるがちゃんとすれば無傷で済むから。


「あー、ほんとにどうしよ…………あれ無くしたら――――ん~?あれは――――」


 落下による風の音がうるさい中、超人の視力と聴力が遠くにいる存在を捉える。

 それはこの状況を作り出した元凶バカだった。



「あわわわわわあああああああ!!!た、たすけええええぇぇぇぇ…………」



 空中でジタバタしながら猛スピードで墜ちていく。

 空に放り出されることは想定外だったのか、対策はなにもないようだ。



「無計画すぎるよ…………わたし、こんな奴に出し抜かれたの?」



 呆れた目で、を見送る。



「嫌だ嫌だ嫌だ、いやだああああああ!!!しにたくなああああいぃぃ」



常人ツネビト』がこの高さから落ちたら地面のシミ確定だろう。

 マキナは苦い顔になり、が思い浮かぶ。



「いやいやいや…………おじさんは自業自得。それに助けたって――――」



 一通り叫んだ男の顔面は色んな液体でぐちゃぐちゃになり――――諦めた顔になる。



「ああぁ――――カンナごめん。だめなとうさんで…………」



 すべてを諦めた男は、残された者を想う末後の言葉を口にした。



「ッ~~~~!!!あーーー、もう!!!そのセリフは卑怯でしょ!!!」



 マキナは思い浮かんだことを実行すると決めた。――――『男を助ける』と。

 決断した彼女の体から『緋色の星光』が勢いよく立ち昇る。



 それは≪アストラル光≫――――稀人を稀人たらしめる万能なる力の根源。



 髪が緋色に煌めき、立ち昇った星光は『操り糸』を通し、一体の『パペット』に注ぎ込まれていく。

 十二分に星光を詰めた傀儡は、緋色の結晶を纏った勇猛な騎士の姿になる。

 次に騎士の下に結晶の足場を作り、即座に命令を下す。



「『人形に命令ドール・オーダーッ!』『独立独歩モード・オートマタッ!』おじさんを助けろ!!!」



 足場を踏み砕く勢いで緋色の騎士は跳び出し。

 中年の男目掛け弾丸の如き速度で空を駆け抜けていく。

 接続リンクの切れた感覚に緋色の騎士が完全に制御化を離れたことを知らせた。


「また一体失ったよー…………」


 自動で動けるほどの『星光』を与えられた緋色の騎士は男に近づき、『力』を使い減速して捕まえる。



「はああ!?なんだ!?怪物か!?くそっ、放せ!くそぉぉぉぉ――――」



 助けられたことに気づかない男は騎士の腕の中で暴れる。

 心なしか、心のない人形の騎士が迷惑そうにしていた。

 その一組はそのまま地上へと姿が消えていく。


「やっぱ、見捨てたほうがよかったかな?――――いや、それは後味が悪いしなぁ…………」


 愚痴りながらマキナも地上に近づき、星光の結晶で足場を作りながら減速して降りる。降り立った場所はビルのような建物に囲まれた道の真ん中だ。


「さて、出口を目指さなきゃ。――――って簡単に帰してくれるわけないよね」


 建物の影から覗く幾つもの視線。

 生暖かい吐息。獣の唸り声。

 充満した金属の匂い。

 刺すような殺気が全身を貫く。


『稀人』の超感覚が、のド真ん中だと教えてくれた。

 主役はマキナ、メインディッシュもマキナの超VIP待遇での歓迎である。



「わー。地元の皆にお出迎えしてもらって感謝感激だね。でも、わたしは先を急ぐから歓迎会はまた今度で~、ではでは~また会う日まで~――――って、ダメだよね。そうだよね」



 この場を去ろうとした彼女に物陰から一斉に飛び出す異形の獣たち。

 鋭利な牙が襲い掛かり――――三枚におろされた。獣たちが。



「言葉が通じるか分からないけど言っておくね――――」



 緋色の星光が輝き、キィンと甲高い音が響き渡る。



「逃げるなら追わない。けど――――向かってくるなら容赦はしないから」



 マキナの【星幽アストラル界】からの脱出が始まった。



 ▼



 マキナから遠く離れた場所。

 かつては前線基地と呼ばれ、いまは跡形もない場所で澄んだ歌声が響く。


 それは鎮魂の歌。

 この地で散った魂がいつか故郷に還ることを願った歌。

 長い長い時の中、幾千、幾万と繰り返した祈りの歌。

 そして――――



 ここは自分の領域だと高らかに告げる警告の歌。



 悠久の時を擦り減らした心で謳い続ける葬送の歌い手は、なにかに気づいたように歌を止めて呟く。

 


 闘いの気配がする、と。



「…………散々、潰してあげたのに懲りないですね…………もうすこしお仕置きしますか」



 この星光の世界で一番危険な生物は歩いていく。

 闘いの気配がする場所――――マキナがいる場所へ。


―――――――――――――――――――――――――――――


『イクサバ・アスラ』の更新は二日に一度。

『ロスト・フォークロア』と交互に更新する予定です。

よかったら、どちらも見て頂ければ嬉しいです!

どうか今後もよろしくお願いします。


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