SUPERNOVA
白雪れもん
第1話 煌めく前兆
放課後の教室は、窓から差し込む夕陽に照らされ、オレンジ色の光が床に影を落としていた。水嶋翔太は、最後のチャイムが鳴り響くと同時に机に頬杖をついて窓の外を眺めていた。卒業まで残り数ヶ月。これからの進路や未来についての話題が教室のあちこちで飛び交うが、翔太の心にはまだその実感が湧かない。
「ねぇ、水嶋くん。」
突然、背後から声をかけられ、翔太は振り返った。そこには、同じクラスの澤村玲奈が立っていた。彼女は一見無口でミステリアスな雰囲気を持つが、その一方で、何か独特の魅力を放っている少女だった。
「何か大きなことが起きるとしたら、いつだと思う?」
玲奈の突然の質問に、翔太は少し戸惑った。なんだろう、この唐突な話題は。でも、彼女が何を言いたいのか気になり、翔太は考え込む。
「大きなことって…卒業とか、そんなこと?」
玲奈は薄く微笑んだ。その笑みには、どこか儚げなものが感じられた。
「そうかもね。でも、それだけじゃない気がするの。何か、もっと特別なこと。」
彼女の目はどこか遠くを見ているようで、その瞳に映るのは、この教室でもなく、この瞬間でもないように思えた。翔太は、いつもとは違う玲奈の様子に不思議と引き込まれる。
「玲奈は…何か感じてるの?」
玲奈は一瞬、答えを迷ったように見えたが、再び微笑んだ。
「ううん。ただの勘よ。でも、もし何かが起こるとしたら、それはすぐ近くにあるんじゃないかなって思っただけ。」
翔太は彼女の言葉に何かを感じ取ろうとしたが、その真意までは掴めなかった。ただ、玲奈の言葉は彼の心に小さな火を灯した。
「水嶋くん、今度のクラスメイトたちと一緒に遊びに行くって話、参加する?」
玲奈の問いに、翔太は少し考えた後、頷いた。
「うん、行くよ。」
玲奈は満足そうに頷き、教室を出て行った。その背中を見送りながら、翔太は自分の心が静かに騒ぎ始めるのを感じた。
「何か大きなことが起こるとしたら、いつだろう?」
玲奈の言葉が頭の中をぐるぐると回り、翔太の胸に不安と期待が入り混じる。これからの数ヶ月が、彼にとってどれほど大きな変化をもたらすのか、この時はまだ誰も知る由もなかった。だが、翔太はその兆しを確かに感じ取っていた。
夕陽は次第に沈み、教室の中は静寂に包まれていく。その静寂の中で、翔太の心は新たな決意を固め始めていた。玲奈との会話が、彼の平凡だった日常を大きく揺り動かし始める瞬間となったのだった。
日曜日の朝、澄み切った青空が広がる中、翔太は約束の時間より少し早く駅前に到着していた。クラスメイトたちとの遊びに誘われることは、そんなに珍しいことではなかったが、今回の誘いはどこか特別なものに感じられた。それは、あの日、玲奈が放った言葉が頭の片隅に引っかかっているからかもしれない。
「おはよう、水嶋くん。」
少し先で手を振る玲奈を見つけ、翔太は自然と笑顔を浮かべて彼女に近づいた。玲奈は薄いカーディガンにワンピースを合わせた、少し大人びた装いをしていた。その姿は、学校で見慣れた制服姿とはまた違い、翔太の心を軽く揺さぶった。
「おはよう、玲奈。早いね。」
「水嶋くんもね。まだみんな来てないみたい。」
玲奈はふわりと微笑み、周りを見渡す。翔太も同じように周囲を見渡したが、他のクラスメイトたちの姿はまだ見えなかった。少しの沈黙が二人の間に流れるが、その静寂は決して気まずいものではなく、むしろ心地よいものであった。
「昨日の話だけど…玲奈が言ってた“大きなこと”って、具体的には何かあるの?」
翔太は、ふと浮かんだ疑問を素直に口にした。玲奈の言葉がどこか引っかかり、その意味をもっと知りたいと思ったのだ。
「うーん、どうだろうね…」
玲奈は少し考え込むようにしてから、また微笑んだ。
「ただ、何かが変わる予感がしたの。それが何かはまだ分からないけど、きっと私たちにとって大事なことなんじゃないかなって。」
その言葉はどこか抽象的で、具体的な答えには程遠いものだったが、翔太は彼女が感じているものに興味を惹かれた。玲奈の言葉には、何か見えない力が働いているようで、翔太の心に不思議な余韻を残した。
しばらくして、他のクラスメイトたちが次々と集まり始めた。みんなの笑顔や笑い声が、駅前の空気を明るくする。今日はいつものように、映画を見てショッピングを楽しむ計画が立てられていた。
だが、翔太はいつもとは少し違う感覚を覚えていた。玲奈との短い会話が、彼の中に小さな波紋を広げていたのだ。その波紋は、他のクラスメイトたちとのやり取りの中で徐々に拡がり、翔太は自分がこれまで気づかなかった感情や思考に気づき始めた。
映画館に到着すると、みんなで観る映画を決めることになった。恋愛映画やアクション映画、コメディ映画の中から、意見が分かれたが、結局、少し切ない青春映画に決まった。そのタイトルは『SUPERNOVA』。タイトルを見た瞬間、翔太は不思議な運命を感じた。玲奈が話していた“大きなこと”と、この映画のタイトルが妙にシンクロしているように思えたからだ。
映画が始まると、スクリーンに映し出される物語に、翔太は引き込まれていった。映画は、卒業を目前に控えた高校生たちが、それぞれの未来に向かって歩み出す姿を描いたものだった。友情、恋愛、そして別れ——青春の終わりに訪れる感情の爆発が、スクリーンいっぱいに広がる。
隣で映画を見ている玲奈も、真剣な表情でスクリーンを見つめていた。彼女が何を感じ、何を思っているのか、翔太には分からなかったが、その横顔に何か深い感情が宿っているように思えた。
映画が終わると、みんなで感想を話し合いながら映画館を出た。だが、翔太はどこか放心状態で、玲奈の言葉と映画の内容が頭の中で渦巻いていた。
「どうだった?映画。」
玲奈が微笑んで尋ねてきた。その笑顔は、いつもより少し柔らかく、温かみがあった。
「うん、すごく良かった。色々と考えさせられたよ。」
「そうだね、私も。」
玲奈は短く返事をし、その後何も言わなかった。その静かな時間が、二人の間に何か特別な繋がりを生み出しているように感じられた。
その後、ショッピングモールをぶらぶらと歩きながら、みんなで色んな店を見て回った。だが、翔太の心はどこか浮ついていて、玲奈の姿が視界に入るたびに心がざわつく。彼女の存在が、自分の中で少しずつ大きくなっていくのを感じた。
夕方になり、解散の時間が近づいた。みんなで駅に戻る途中、玲奈がふと立ち止まり、翔太に近づいてきた。
「今日は楽しかったね。」
玲奈の言葉に、翔太は少し驚いたが、すぐに微笑み返した。
「うん、俺も楽しかったよ。玲奈が誘ってくれたおかげだね。」
「私が誘ったのもあるけど、何となくみんなでこうやって過ごすのが、今しかできないことだって気がしたんだ。」
玲奈の言葉に、翔太は胸の中がじんわりと温かくなった。それと同時に、彼女が言っていた“大きなこと”が何を意味しているのかが、少しずつ分かってきた気がした。
「玲奈、またみんなで集まろう。これからも、こうやって一緒に過ごせたらいいな。」
「そうだね。…でも、水嶋くんがそう思ってくれるなら、それで十分。」
玲奈は微笑み、そしてふっと視線を逸らした。その横顔はどこか寂しげで、翔太は何か言いたいことがあったのではないかと感じたが、その場で追及することはできなかった。
最後に、駅前でみんなと別れを告げた後、翔太は一人で家に向かって歩き出した。玲奈の言葉、そして映画の内容が頭の中でぐるぐると回り続ける。玲奈が感じていた“何か”が、確実に自分にも伝わってきた。
これから何かが起こる——それは確かに感じられた。そして、その“何か”が、自分たちの青春の終わりと共に、爆発的な感情を引き起こすのではないかという予感が、翔太の胸の中で静かに広がっていった。
夕焼けが空を赤く染める中、翔太は一人、静かな波紋が広がる心を抱えて歩き続けた。玲奈との関係が、そして自分の心が、どのように変わっていくのか——その答えは、まだ見えていなかった。
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