男女比の狂った世界で、俺が襲われた理由……。

Sio2

プロローグ

 この男女比の狂った世界に転移してから、今日でちょうど1ヶ月が経った。


 前の世界では子供の頃から、気弱で自分の意見を持たず、周りに流されてばかりいた。

 みんなが面白いと思うのが正しい、みんなが選ぶものが正しいと、自分の頭で考えることを放棄していたのだ。

 それは社会人になっても相変わらずで、「自主性がない」「意見を持て」と呆れられていた。


 だからこそ、肉体が若返った俺はがんばってみようと決心した。

 それから失敗の毎日でハプニングが絶えないけど、家でも学校でも楽しく過ごしている。

 そんな節目を迎えた、記念すべき日に俺は、危機的な状況にいた。


 昼下がりの大型ショッピングモール。

 今日は休日のため、数多くの人がショッピングや食事などを楽しんでいる。

 そんな施設の一画、落ち着いた雰囲気の家具売り場。

 展示品として飾られているタンスの陰に俺は身を潜めていた。


――見つかったら、ヤバい! 見つかったら、ヤバい!


 震える脚を抱えて、口を塞ぎ、息を殺す。


「どこ行った、私の弟ぉ!」

「匂いはまだ遠くない、ここいらにいるはずだ! さがせぇ、私のパパを見つけるんだ!」

「応援には入り口を見張らせろ!」

 

 無数の足音と女性の声。

 自分を捕まえられずにイライラしているようで、その声には怒気が含まれている。


――5人以上は確実だ。その中に、頭がおかしい奴がいるのも


 追いかけられている最中、ずっと子供靴の音が背後で鳴っていた。

 時折、振り返っていたが子供の姿は確認していない。

 すなわち、立派な大人である誰かが、履いていたのだろう。


 耳を澄ませば、遠くから恐怖が聞こえる。


――ヤバい……、こっちに来てる!


 地面を叩くヒールの音がこちらに向かってくる。

 今、隠れている場所は入り口から一番遠く。

 その上、逃げ道は目の前の通路、一本しかない。


 冷や汗が頬を伝う。

 見つかってしまったら、男として終わってしまう。

 まだ青春も、恋も、男の夢であるハーレムも叶えていない。


――終わりたくない。狂った人たちの相手は嫌だ


 通路の方向を見つめ、そこから人が出てこないことを祈るしかない。

 しかし、終わりを宣告する音は止まない。


――あっ


 ロングスカートの裾がひらりと見えた。

 どんどん血の気が引いていき、身体は寒さに震えている。


 目が合った。


 緩くウェーブのかかった、ダークブラウンの髪。ボブカットで隠れた耳からはイヤリングがきらめいている。

 黒の袖なしニットを着た綺麗なお姉さんは全体的に仕事ができそうな雰囲気を漂わせていた。

 街中であれば、目で追ってしまうような美しさ。


 そんなお姉さんは今、目も当てられないような卑しい目つきをしている。

 口の端は極限まで吊り上がり、獲物を見つけたと顔が物語っている。


 ここから始まる地獄を考えてしまう。

 どれだけ苦しいのか、どれだけ辛いのか。

 想像はふくらむばかりだ。


 こんな時に人は、現実逃避で「たられば」を考えてしまう。


 もし、母親からの忠告を素直に聞いていたら。

 もし、友達の助言を聞いて、素直に引き返していたら。


 もし、今日の朝に戻れるならば……。

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