第28話 虫網と木刀


時刻は5時15分。

部室での事だった。


「なぁ。」


「...何よ?」


「何だよ、それ...。」


「...?虫網だけど?」


「そっちじゃない...いや、そっちも気になるけどさ。その左手に持ってるやつだよ。」


「これ?」


そう言って、片手で木刀を縦に振って笑ってみせる都治巳杏里。

え?まじで何してんの...コイツ。


虫網も良くわからないが、木刀の方が意味がわからない。

カブトムシでも取りにいくつもりなのだろうか?


「だって、私達はお助け部なのよ?もしも浮気調査とか、そういう相手に恨まれる依頼を受けた時に、この子達の出番ってことよ。」


「それでぶん殴る的な?ハハッ。」


自分でも自分が頭がおかしいとしか言いようがない事を含み笑いで、都治巳杏里に問いかける。


「正解。凄いわね。何でわかったの?」


「うん。お前...この部活を殺戮集団とかそういう系にしたいわけ?」


「は?何言ってんのよ。自衛するための武器は必要でしょ?」


「いやいや、これ自衛どころか、相手殺しちゃうからね?」


「まぁ、私を標的にする相手がいるのなら、そうしないとね。」


怖い、怖すぎる。

俺の周りにいる女子でまともな奴はいないのか?!

いや、佐伯は割とまとも...じゃないか。


「あー、その、虫網だけは大丈夫だからさ...。木刀はなー、うん。持って帰ってくれ。」


「はぁ?バカじゃないの?アンタ、虫取り網ごときで人を倒せる訳ないじゃない。」


「じゃあ何で虫取り網持ってきてんだよ...。」


「虫を取るためよ?」


「え?さっき自衛目的とか、何とか言ってたじゃん。」


「...。虫を取るためだってば!」


コイツ、もしかして虫網だけ持っていくと俺に何か言われそうだから、網だけでなく、木刀も一緒に持ってくる事で、自衛目的という口実を作り出したのか?


そうだとしたら...バカすぎる。

普通に、虫網だけ持ってくるなら何にも言わなかったんだが...。


「まぁ、虫網は良いから、木刀はちゃんと持って帰ってくれよ?」


「あー、はいはい。分かったわよ!」


怒り気味で、俺の言葉に首を縦にふる都治巳杏里。

まさか、本当に虫網だけを持ってくるのが目的だったのか?!


コイツ...本物のバカだ...。


「...。あ、そうだ。学校の中庭に謎のでっかい木、あるだろ?」


「...?えぇ。」


「その木、最近、カブトムシが大量発生しているらしいから、取りに行ってきたらどうだ?」


「え...!本当?!」


「ほんと、ほんと。」


よし、このまま都治巳杏里には、中庭にカブトムシを捕まえに行ってもらおう。

その間に、俺は寝る。


今日は少し早起きをしすぎたのだ。

やはりいつもとは違う時間に起きると、そのぶん、眠気が早く来てしまう。


「じゃあ、頼水君も一緒に行きましょ?」


「え?何でだよ。」


「私、カブトムシ触れないから。」


「ん?じゃあ、何で虫網なんか持ってきてんの??」


「それは、あれよ。ロ、マ、ンってやつよ。」


「...。」


虫網を空中に振りながら、自慢気な顔でそう言ってくる都治巳杏里に若干呆れながら、俺は机の上に顔を伏せる。


「ちょっと!何寝てんの?!カブトムシ取りいかないと、日が暮れちゃう!」


「...俺は寝ないと死んじゃうんだ。」


「はぁ?!言っとくけど、これは頼水君の始めた物語なんだからね?」


「おいおい。俺はわざわざカブトムシの場所を教えてあげたんだ、感謝する...の...。」


トントンッ


俺が、都治巳杏里の言葉にムキになって答えていると、突然、教室のドアに音が鳴る。


「あのー。」


「は、はい〜。」


まずい。

まさかカブトムシで、高校生2人が喧嘩しているのを聞かれてしまったのか?


やはり、今日の星座占い10位が影響しているとしか思えない。


「ここって、お助け部ですよねー?」


「はい。」


「入っても良いですかー?」


「どうぞ。」


くっ、この女、謎に、皮をかぶるのだけは上手い。


「フフッ。」


何だ、そのドヤ顔は。

何かムカつくので、都治巳杏里のドヤ顔を無視して、俺は来訪者に目を向ける。


「あの、私ー、1年の加賀美、明日香って言いますー。ちょっと相談したい事があってー、来ましたー。」


これは...あれか。

清楚ギャルというやつか?!


ロングの髪にパーマ。

髪色は黒だが、少し茶色がかっている。

睫毛も肌も爪も普通、だが。


口調がギャル。

いや、これはギャルなのか?

無気力系ギャルといった方が正しいかもしれない。


「どうぞ、座ってください。」


さっきから、この都治巳杏里のキャラは何なのだろうか。

優等生キャラか何かだろうが、意識しすぎて、まるでAIの様な抑揚のない声質になっているんだが...。


「えーっとすねー...。」


嫌な予感しかしない。

この予感に、今日の星座占いの結果が上乗せされて、死の予感さえ感じさせた。

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