第33話 冷徹侯爵、本領発揮

 結婚式前日、侯爵はかなりピリピリしていた。

応接室であっちに行ったり、こっちに来たり。


「ジョバンニ、ルチアーノ伯爵からの伝令は?」


「はい、まだでございます」


「まだなはずがないでしょう! 絶対にあれは戦闘状態に入っています。

もしかして、わたしに遠慮して援軍を呼ばないのでは」


「旦那様、そうかとは存じますが、こればかりはどうにも……」


「まだ続いているのであれば、きっと野営していることでしょう。兵糧も必要ですね」


「そうだと思います」


「決めました。野営設備を援助します。兵糧と行ける兵を集めてください」


「お言葉を返すようですが、もし戦闘激化したら、旦那様ご自身が戦わなければなりません。

そうなる覚悟はございますか。

覚悟があるのなら、ご自身を守るためにひとりでも多くの護衛も付けてください」


「もちろん、覚悟はあります。すぐ準備をしてください」


「かしこまりました」



侯爵はジョバンニに命じてから、客間を通って屋敷の外へ出ようとした。


そこで、メイドたちが、客間のカーテンを外そうとしているところに出くわした。

彼女たちは、椅子に登ってカーテンを外そうと試みているが、なかなか手が届かなくて苦戦しているように見えた。


「一体、何をやっているのですか」


「ひっ、旦那様!」


「客間のレースのカーテンを洗濯でもするのですか」


「じ、実は、モニカお嬢様のウェディングドレスの一部にこの布を使おうと思いまして」


「ウェディングドレス?」


「申し訳ございません! お屋敷の備品に手を出してしまいました」


「そうなんですか。女性はいろいろと大変なんですね。

モニカさんはそんなことを一言も言わないから、ちっとも知りませんでした」


「お許しください、旦那様」


侯爵はつかつかと進んで、メイドたちの目の前に立った。


「ひっ! お許しを!」


侯爵は大きな手を伸ばして…、

レースのカーテンを思いっきり引っ張った。

シャーッ!


「一枚でいいですか?」


「へ? はい、おそらく……」


「念の為にもう一枚とりましょう」


シャーッ!


「これで足りるでしょう。モニカさんのことをよろしくお願いします」


「はい! 旦那様。抜かりなく準備いたします」


侯爵は客間を通り過ぎ、外へと出て行った。





その日の夜遅く、


「ジョバンニ、今から出発します。すこしでも早く着いて、早く戻ってきます」


「旦那様、こんな夜中に……、モニカお嬢様にご挨拶なさいますか?」


「いいえ、遠慮します。会うと決心が鈍りそうですから。

そのかわり、伝えてください。わたしは、絶対に無事に帰って来ると」


「はい、お伝えいたします。念の為に…万が一、これは万が一のことですが、

挙式に間に合わなかったら、式は延期でよろしいでしょうか?」


「いや、代役をたててでも式を挙げてください」


「はて、代役と聞こえましたが、

結婚式に代役を立てるなんて、よろしいのでしょうか。

第一、そんな大事な役割を誰にまかせるおつもりですか」



「代役は、そうですねぇ、……、ジョバンニ、あなたにお願いします」


「え? わたくし…ですか」


ジョバンニは思いもよらない、命令に驚き、声はひっくり返り、

そして耳まで赤面した。


「ん? ジョバンニ、あなたが赤面しているのはなぜですか」


「は? そ、そのようなことはございません」


「まさか、ジョバンニまでモニカさんのことを……」


「まさか、そのようなこと」


「かなり、あたふたしているように見えますが。

こんなところにも悪い虫がいたなんて思ってもいなかったです。

なるほど、こういう状況ならば、なんとしても、挙式を急がねばなりませんね」


「誤解です、旦那様」


「わたしは、絶対に! 何が何でも! 

明日の挙式には間に合うように帰ってきますからっ!!」


「旦那様こそ、落ち着いてください」


「ジョバンニに言われたくはない。…くそが」


侯爵は冷酷非情に変化した。

そして、こうしちゃいられないと急いで隣の領地へと向かうことに決めた。


(こうなったら、周りの男どもが皆、悪い虫に見える

虫けらども、覚悟しろ。わたしが一掃してやるからな。)

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