第25話 恋はバチバチと憧れと
このシチュエーションはかなりヤバい。
食卓にはわたしと侯爵、それから、カルロ様の三人が座っている。
「ここで朝食を食べたら帰るから、そんなに睨まないでくれるかな、ロリー」
「別に、睨んでいない。元からこの顔です」
「ハハハハハ、それはそうだ!」
カルロ、そこ笑うところじゃない。
「ロリーにしては、めずらしいよな」
ん?めずらしいって?
何の話だろう。
「今までの婚約者って三日も持たなかったよな。
大抵自然消滅していたのに。
ここまで一緒に暮らしていても、モニカとはまだ婚約中なんだ」
「どういう意図で、そこにこだわっているんですか」
「結婚しないのなら、モニカが誰と恋愛しても自由だよね、と言う意図。
どうせまた、婚約破棄はいつでもご自由にという契約なんだろ」
「……」
侯爵の顔が曇った。
カルロの言っていることは正しい。
正しすぎてグウの音も出ない。
けれどもわたしは、侯爵にはっきりとした態度を取ってほしいとは思っている。
「僕はモニカをロリーから奪うことに決めたから」
「ならば、回りくどい言い方はやめて、男らしく正々堂々とやったらどうですか?」
正々堂々とやるってなにをするんですか。
「言われなくても、そのつもりさ。僕は僕のやり方でモニカにアタックする。
それで、モニカが僕を選んだら、そのときは、婚約破棄しろよ」
「その時は、……しかたがありません」
え? しかたがないで諦めるの?
ちょっ…ちょっと待った、ここで引かないでよ。
だめです、それ。
わたしは、全然しかたがなくありません。
「ほら、モニカだって笑っているじゃん」
嘘! わたし、笑っていた? いやだ、こんな場面でいつもの癖が……
「笑っているのですか?」
侯爵がわたしに冷たく鋭い視線を投げかけた。
それを受けて、「えへへへ」
また笑ってしまった。
もう、終わりだわ。
朝食が済むと、カルロ様は自分の家へと帰って行った。
やっと帰ってくれた。
やれやれだわ。
悪い人じゃないけれど、いなくなって安心しているのは本音。
「モニカさん、ちょっと執務室へ、いいですか? 頼みたい業務があります」
「はい」
一応、名前で呼んでくれるんだ。
わーい、超嬉しいよーーー。
しかし、その浮かれ気分は、木っ端みじんに吹き飛ばされた。
執務室にはいると、山のような書類が待っていた。
「わたしは、これから王宮に出仕しなければなりません。
しばらく留守にしますから、ここにある書類の書き写しと、住民台帳をお願いします」
留守にするとは聞いていなかった。
前もって教えてくれればいいのに。
それにしても、侯爵には人間の心がないのか。
こんな業務量、絶対に無理じゃないですかぁ。
ブラックだ。
「カルロが来ても、会うのは自由です。ただし、業務を優先してください」
それって、カルロに会うなと遠回しに言っていません?
ずばりストレートに言えばいいものを、なんでこじれた言い方するのよ。
それじゃ、カルロにもわたしにも伝わりませんよ。
「聞いていますか?」
「はい、ロレンツィオ様」
あ、名前を呼んだら、ちょっと照れた。
「あの、王都へはジョバンニも一緒に行くのですか」
「はい、ジョバンニも、わたしと一緒に都へ行きます」
「もし、業務内容でわからないことがあったらどうすればいいのでしょう」
「それは、……無理に書かずに飛ばしてください」
飛ばしていいのか。
急いで処理すべきなのか、そうではないのか、ちょっと意味不明。
ジョバンニが、小声で助け船を出してくれた。
「他の男に聞くなという意味ですよ」
「そうは言っていません! とにかく、浮ついた気持ちではなく、業務に集中してくださいって言っているんです!」
激おこぷんぷん丸、出現。
恐っ……、冷徹侯爵の復活。
この膨大な業務量に集中しろとは、拷問か何かですか。
*
侯爵は、ジョバンニと共に王都へ行ってしまった。
あれから数日間、平和な日々が続いている。
しばらくの間って、どれくらい留守にするのかしら。
わたしは乾燥したカモミールの花をガラス瓶に詰めながら、考え事をしていた。
侯爵が帰ってきたら、カモミールティを入れて差し上げよう。
お母さまがカモミールを育てていたというのだから、きっと子供の頃飲んだことがあるはずだわ
「モニカお嬢様、お手伝いしましょうか」
「マリア、ありがとう」
マリアがやってきて、乾燥したカモミールの花からゴミや埃を取り払ってくれた。
「侯爵がいないと、ピリピリした空気がなくなって物足りないですね」
「そうよね。こうしているとあのパワハラはいいスパイスだったということね」
「カルロ様もお見えにならないし、実に平和な日々でございます」
「カルロ様ってかっこいいと、マリアは思う?」
「ルックスがいいから、女性にはモテるでしょうね。
でも、わたしのタイプからは外れるかしら」
「あら、じゃあどういう方がマリアのタイプなの?」
マリアはうっとりとしたまなざしで、憧れるタイプを空想している。
「そうですねぇ、第一条件、わたしは優しい人がいいわ。もち、イケメン前提でね。
背が高くて、普段はクールで口数少ないけれど、心が優しい人」
「ああ、わかる、わかる! 優しいイケメンなら言うことなしだよね。
はて、身近にそんな理想的なタイプいるかしら」
「いるかしらん」
頬を赤く染めながら「いるかしらん」とうつむくマリア。
ムム、その態度は、「いる」と言っているとわたしは読んだ。
「いるのね。マリア白状しなさいよ」
「さあ、何の事かしら。わたくしにはさっぱり…」
「いた! いたわ、マリア。ジョバンニでしょ!」
「嫌ですわ、お嬢様ったらぁ。からかわないでください。恥ずかしいです」
まさかの図星か。
あらら、マリア、それ本気で惚れてるんじゃないの?
ふぅうん、なるほどね。
マリアの恋心を知ってしまった。
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