第14話 ライスプディング
こう見えても料理は得意だ。
修道院で調理当番が回って来た時は、楽しくてしょうがなかった。
療養院で働いていたときも、先輩のシスターから最初に教わった料理は病人食だった。
それが患者さんたちに大評判だったのは自慢のタネ。
厨房でコック長は、わたしが頼んだ通りの食材を準備して待っていた。
「お嬢様、何を?」
「病人食といったら、定番中の定番よ。ライスプディングを作ります」
「ライスプディング……」
「早い話がミルク粥よ。あと、はちみつとショウガがあると助かるんだけど」
「ございますよ」
「やった! じゃ、ショウガをすりおろしてくださる?」
水に浸しておいた米をざるにあけ、鍋に入れたらミルクを注ぎ、砂糖をいれてかき混ぜる。
沸騰してきたら、ときどき底が焦げないようにかき混ぜ、沸騰してきたら弱火で煮込む。
全体的にどろっとしてきたら、後は余熱でOK。
「コック長、今日のメニューに足して欲しいものがあるんだけど、いいかしら」
「何でしょうか」
「マッシュポテトをみなさんも召し上がれるくらいたくさん作ってください。
カンパニーレ侯爵の食欲が出てきたら、お出ししてみます」
「はい、賄いの分も一緒でいいんですか?」
「だって、食欲が回復するかどうかわからないのに作らせたら、余ってしまうでしょう。
それだったら、最初からみんなと同じものにしておけば、捨てる無駄がないじゃない」
「確かに」
「粗食にすることばかりが節約じゃないのよ。
無駄にならないように工夫すれば、おいしいものをみんなで食べられて全てハッピー」
モンテローザもコックも「なるほどー」と、感心した様子で私を見た。
「やだわ。わたし面倒くさがりで、別のものをもう一品というのが苦手なだけなの」
本音を言うと、それが正解。
わたしがここの調理を担当したら、きっとそうすると思ったから提案しただけだった。
*
「お待たせしましたぁ!」
わたしは、食事を持って侯爵の部屋に入った。
「モニカお嬢様、今、旦那様はお休み中です」
「あ、失礼しました」
あわてて声のボリュームを下げた。
「では、ここに食事を置いておきます。ジョバンニ、タオルの交換をわたしと交代しましょうか」
わたしの声が大きかったのか、侯爵を起こしてしまった。
「クレメンティ伯爵の…何だっけ令嬢……」
ダメだ。
せっかく覚えた名前をまた忘れている。熱が高い証拠だわ。
ジョバンニは、心配そうに声をかけた。
「あ、旦那様、お目覚めですか」
わたしは、侯爵の寝ているベッドに近づいた。
「はい、わたしはここです。カンパニーレ侯爵、いかがなさいました?」
熱っぽい目をしながら、私を見つめる侯爵。
はぁ、またこの美形を鑑賞してしまいそうになる。
「まだこの家にいてくれたんですか」
「え、厨房に行って料理していただけですよ」
「逃げたのかと思って……ました」
「はぁ? あまりくだらないこと言うと怒りますよ。
はい、さっさとこれ食べて、ハーブティー飲んで寝てください」
ジョバンニがカンパニーレ侯爵の体を起こすため彼の背中を支えた。
「これは?」
「カルメル会修道院の療養院、患者さんに大人気の病人食です」
「病人食……」
「お口に合うかどうかわかりませんが、まずかったら薬だと思って我慢してくださいね」
わたしの満面の笑みを見ても不安なのか。
カンパニーレ侯爵が大丈夫かとでも言いたそうに、ジョバンニに視線をおくる。
すると、ジョバンニはゆっくりと頷いた。
「いただきます」
おそるおそる、ライスプディングをスプーンですくって口に運ぶ侯爵。
「……」
あれ? 無反応。
不味いのかな。
レシピどこかで間違えたっけ。
いいえ、間違えるようなレシピじゃ、そもそもないし。
何が原因で不味くなったのかしら。
えーと、えーと、……
「ごちそうさまでした」
え? もう?
わたしが考え事をしている間に、侯爵は食事を終えていた。
食器の中は……、完食。
「ハーブティーを入れますね。ハーブティーと言っても苦くありませんよ。
ショウガ湯にはちみつを落としただけですから」
「……」
あれ? また無反応。
怒っているのかしら、今までの患者さんはみんな美味しいと言ってくれたのに。
おかしいわね。
「クレメンティ伯爵令嬢……、さきほどはすみませんでした」
「はい?」
「まさかあなたに、あんなに怒られるとは思っていませんでした」
「こちらこそ、失礼な言い方をして、大変申し訳ございません」
「そんなことを言う人だとは思わなかったものですから、とても驚きました」
「あれ? 言わなそうに見えましたか。
おかしいですね、猫かぶっていたつもりはなかったんですけど」
「……」
こんな素直なカンパニーレ侯爵に、何を言えばいいのかわからない。
間がもたない。
この、沈黙は苦手だわ、誰か何かしゃべって。
「ライスプディング…、美味しかったです。すごく」
ん? わたしは病人食としか言わなかったのに、メニュー名を知っている。
「母が作ってくれたのを思い出しました。
わたしが幼い頃、風邪をひくとよく作ってくれたんです。
母の味って、こんな感じだったなぁと、思い出しました」
カンパニーレ侯爵ってこういう人だったけ?
どうしてそんなに寂しそうな顔をするの。
今までのカンパニーレ侯爵のイメージとは違う人が、わたしの目の前にいた。
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