第13話 侯爵の命を救うことが最優先
「ええ、わかりました。なんなりと御用をいいつけください」
使用人たちは、皆わたしを信頼してうなずいてくれた。
わたしは療養院で働いていた時のように、頭に白い頭巾、白いハンカチでマスク、
エプロン姿で再び侯爵の部屋に向かった。
あんな状態で部屋に放りこまれていたなんて。
よく無事でいたものだわ。
体力が落ちて死んでしまうじゃないの。
それにしても、ご両親はいないって…ずっとお一人で頑張っていたの?
侯爵の部屋の扉を開けると……、
なんと、カンパニーレ侯爵は寝間着姿のまま起き上がって、
書類にサインをしているではないか。
「な、何しているんですか!」
「この書類は今日中に渡さないと……ゴホッゴホッ」
侯爵は熱っぽい顔で、苦しそうに咳をしながら言った。
ジョバンニがそれを遠巻きに見守っている。
「クレメンティ伯爵…えっと、モニカ令嬢、わたしは大丈夫です。自分の部屋にお帰りください」
「え、でも」
やっと名前を思い出したか。
って、そういう問題じゃなくて…
「ジョバンニが空気を入れ替えてくれたおかげで、少しすっきりしました。
もう大丈夫です。あとは自力でなんとかできますから。
あなたに病がうつったら大変です。
もうこの部屋から出てください。お疲れさまでした。ゴホッゴホッ…」
「はぁ? お言葉ですが、カンパニーレ侯爵。
今どれだけご自身がバカなこと言っているかわかりますか?」
「……」
「自力でなんとかできるって、聞いてあきれるわ!
ちゃんちゃら、可笑しくて草が生えるってこのことよ。
あなたは神様にでもなったつもりですか。
そうやって、ご自分の命を削ってまで仕事して、
それで領民が喜ぶとでも思っているのですか?
あなたが倒れたらあなたの代わりはいないのですよ。
領民のためにも、もっとご自分を大切にしてください!」
「モニカお嬢様、旦那様にはそれくらいにして……」
「ジョバンニあなたも! あなたもです。
仕事でわたしは即戦力外だけど、こういう時くらい頼ってください。
わたしのしていることが気に障るのなら、いつでも婚約破棄してもらって結構ですから。
誰が何と言おうとも、わたしは、カンパニーレ侯爵の命を救うことを最優先します。
以上、それだけです!」
「……」
「わかったら、今すぐベッドに寝てください。五つ数える間に!
ひとーつ、ふたーつ、みーっつ…」
カンパニーレ侯爵はあわててベッドに横になった。
扉をノックしてマリアがわたしに言う。
「モニカお嬢様、お水とタオルをお持ちしました」
「ありがとう。悪いけど、また用事を頼むかもしれないから、
廊下で待機してもらってもいい?」
「かしこまりました」
わたしは、タオルを濡らしてカンパニーレ侯爵の顔を拭いた。
いくら熱があるとはいっても、やはり美形は美形だった。
こんなに近くで美形を鑑賞してもいいのだろうか。
いえ、鑑賞じゃないわ。
看病よ、看病。
美形のカンパニーレ侯爵は、熱がある顔で苦しそうに言った。
「モニカ令嬢、……うつりますよ」
「かまいません。わたしにうつしたら治るかもしれませんよ」
「そんなことしたら、わたしがクレメンティ伯爵に叱られます」
「叱りません、父は。わたしのことを九年間も忘れていたくらいですもの。今さら病がうつっても関心ないでしょう」
カンパニーレ侯爵は、クスっと笑った。
―へぇ、こんな顔して笑うんだ。
カンパニーレ侯爵が笑った顔を見るのは初めてだった。
タオルを再び濡らしてカンパニーレ侯爵の額にのせる。
「しばらく、そうして寝ていて下さい。わたしは、ちょっと厨房に行ってきますね。
ジョバンニ、時々タオルを交換してください」
「かしこまりました」
半日、熱にうなされ部屋に一人きりにされた侯爵を思うと胸が痛む。
それでも、仕事をしようとするなんて、まじめの前にバカがつくほどだわ。
でも、さっき見た笑顔は、冷徹侯爵というイメージとは全然違うものだった。
なんとしてでも、カンパニーレ侯爵の命を守りたい。
さあ、これから厨房で、修道院の台所で培った技を駆使して、戦いに挑みますわよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます