第11話 執務室

 地図を見ながら、書類を作成していると面白いことに気が付いた。


この地区のマルコさんは、五人目のお子さんが生まれたのね。

税金で納付できない分は、小麦粉で納めているわ。

そういえば、カンパニーレ侯爵は黒パンしか召し上がらないのに、

食品庫には白い小麦粉があった。

あれは、税金代わりに納められたマルコさんからの小麦粉だったのね。

五人の子どもたちを食べさせていくだけで精一杯でしょうに。


このように、領民の生活が手に取るようにわかる。



「クレメンティ伯爵の……モニカ令嬢、ここの計算が間違っています。

それと、ここの部分にこっちの文章を付け足したしてください」


「申し訳ございません」


「初めてきた土地で知らないことが多いでしょうが、早く慣れてスピードアップしてください」


「はい、すみません。至りませんで」


忙しくてキリキリするのはわかりますが、最初から厳しい言い方をしなくてもいいのに。

人手不足なのに、人を雇わないのは給金を払うのがもったいないからだわ。

わたしなら、タダで使えるから、仕事を教えるってこと。

おまけに、名前をなかなか覚えてもらえない。

これが、婚約者への塩対応か。

忘れまじ…この仕打ち。


「これから、国境まで行ってきます。

隣の領主との会合がありますから、食事はわたしを待たずに勝手にとってください」


「お昼も、夕飯も、でしょうか?」


「その書類は急ぎではありません。

こっちの書類が急ぎですから、ジョバンニと手分けして確認出来たら、とじておいてください」


わたしの質問はスルーされた。

まるで愚問と言わんばかりに。


「行ってらっしゃいませ」


ジョバンニが見送りに行こうとしたので、わたしもそれに続いて立ち上がった。


「見送りは要りません。そんなことより、急ぎの書類を終わらせてください」


ガチ塩対応。

塩も塩、それも岩塩だわ、カチカチの。

ガッチガチの岩塩対応。




その日は、昼食も夕食もそこそこに済ませて、ひたすら執務室で書類作成をしていた。

そんなわたしの姿を見て、ジョバンニは心配してくれた。


「モニカお嬢様、急ぎの書類は内容を確認しましたので、もう閉じるだけです。

あとはわたくしがやりますから、先にお休みください」


「やっと、出来たのね。ふぅ、終わったぁ……」


わたしは限界を超えて、机にうつぶせになった。

これが給金もらえる仕事だったら、時間外労働手当をつけてもらいたいくらいよ。


「でも、最後までやります。侯爵の命令ですから」


「もう結構ですよ。それに、消灯時間です。

モニカお嬢様のメイドが心配して、さっきからずっと廊下でウロウロしながらお待ちですよ」


「もう、そんな時間? カンパニーレ侯爵はまだお戻りにならないのですか?」


「まだでございます」


「大丈夫なんですか? カンパニーレ侯爵こそ」


「心配しなくても大丈夫です。モニカお嬢様はおやすみください」


ジョバンニにそこまで言われたら、休むしかない。

一抹の不安があるものの、わたしは自分の部屋に戻ることにした。




自分の部屋に着くと、そのままベッドにダイブしてうつぶせになった。


「お嬢様、お召し変えを」


「いい、もうこのまま寝る」


「いけません。お疲れなのはわかりますが」


「マリア、このまま着替えさせて」


「全くもう、子供みたいなことおっしゃって。しょうがありませんね」


寝たままマリアに着替えさせてもらって、そのまま眠りについた。





夜中に、部屋の外で人の話し声が聞こえてきた。


ああ、侯爵が帰ってきたんだわ。よかった無事で。


そうは思ったけれど、疲労からくる眠気に勝てず、そのまま再び眠りに落ちて行った。





窓から、柔らかな朝の光が射しこんでくる。


朝が来た。

身なりを整えてから、両手でパンパンパンと頬をたたく。

修道院でやっていた朝のルーティンはここでも続けていた。


よっしゃ、気合が入った。

冷徹侯爵と朝の食卓で顔を合わせるぞ。

そしたら、昨日の仕事の続きをがんばらなくちゃ。



しかし、食堂に侯爵の姿はなかった。


「旦那様は、お部屋でおやすみになるそうです。

モニカ嬢様は朝食をおとりください」


昨夜は遅かったようだから、当然そうなるでしょうね。

納得して、軽い朝食を済ませた。


そのあと、執務室で書類作成していても侯爵は現れなかった。


「ジョバンニ、カンパニーレ侯爵はまだお疲れなのでしょうか」


「はい、そのようです」


よほどお疲れなのね。

一度も部屋から出てこないなんて。


そのあと、従者がジョバンニを呼びに来た。

なにか小声で話したあと、


「来客なので、わたくしが対応いたします。モニカお嬢様はここで仕事を続けてください」


そう言って、ジョバンニは執務室を出て行った。

そのあと、部屋の外で誰かとジョバンニの話し声が聞こえ遠くへ消えて行った。

何かがおかしい。

一体、何をしているのだろう。


カンパニーレ侯爵はお休みだというのに、どうして来客は通すのかしら。

不自然じゃないかしら。

疑問に思い始めると、気になってしょうがない。


おかしい、絶対おかしい。

これは絶対に何かあるわ。

真相を確かめないと、気になって仕事にならないじゃないの。


わたしは執務室を出て、侯爵の部屋へ向かった。



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