第4話 冷徹侯爵の噂

『修道院の寄宿舎に預けられているお嬢様がいらっしゃいますよね』


ああ、そういえば、いた! いた! 

長女と長男のことで忙しくて、その間に二女がいることをすっかり忘れていたんだ」


「あなた! モニカのことをちゃんと考えてください」


母よ、あなたも、です。


「カンパニーレ侯爵は、国境の辺境を領地にしている。

広大な土地だ。

そこと親戚関係になるのなら、将来ニコロがわたしの跡を引き継いでも安定するだろう。

ウィンウィンの契約だ。

わたしは即答で了承した!」


え、それだけ?

自分の娘を嫁がせるのに

もうちょっと、悩んだり考えたりしなかったの?


姉は言う。


「辺境の地だから、モニカに会いたくても妊婦のわたしには難しいわ。

だから、今のうちに会っておくの」


辺境の地って、そんなに都市部とは離れた場所なの?


「モニカは運がいいぞ。

カンパニーレ侯爵は24歳と聞いたが、

よくまあその年になるまで独身でいてくれたものよ。

あのルックスだ、結婚したがる女性はいっぱいいただろうに」


「あら、お父様知らないの?」


「何だ、ビアンカ。何かあるのか」


「お父様がおっしゃる通りよ。

わたしが社交界デビューした時から、

イケメンで若いカンパニーレ侯爵は女性たちの憧れでしたわ。

何人もの女性があの方と婚約しましたけど、

みな逃げ出してきて婚約破棄の数は片手で足りないかも」


「そうなのか、ビアンカ。なぜそれをもっと早く言ってくれないんだ」


「あら、言う前に即答でOKしてきたんでしょ、お父様は」


「なぜ、みな逃げ出すのだ」


「あのルックスでしょ。みんな顔と爵位に憧れて婚約するんだけど、

そこから先は何もないと」


「どういう意味だ」


「巷では、冷徹侯爵と呼ばれているのよ。

女性が行きたがるような町に連れ出すこともないし、

欲しがるような花束を贈る事もない。

放置されつづけて何もないのよ。

ないないづくし。

そこへきて辺境地でしょ。

防衛のために戦に出ることも多いから、返り血浴びて帰って来てくることも。

婚約者には冷たく、家ではつねにピリピリしている。

……という噂ですよ。噂!」


そこまで説明しておいて、いまさら噂と言われましても。


「それだけで、婚約が破棄になるのか」


「ほとんど、女性の方からの婚約破棄じゃないかしら。

侯爵は冷徹に任務遂行しすぎて、『悪魔に取り憑かれた侯爵』と呼ぶ者も……、

そんな噂が広まって、街ではカンパニーレ侯爵の名前を聞いただけで、

若い女性はみな震えあがるわ」


「名前を聞いて、黄色い歓声をあげる、の間違いじゃないかね」


「いいえ、震えあがる、よ」


そのような方と父は婚約の話を即答で了承したのか。

大切な娘の婚約だもの。

もうちょっと下調べや身辺調査などをしたものだと思っていた。


「ビアンカ、わしはどうしたらいい。

モニカをそのようなところへ行かせることにしてしまった」


「あら、お父様はご存じかと思いましたわ」


ニコロがあどけない顔でわたしを見つめ心配している。


「モニカお姉さまは、悪魔のところへ嫁がれるのですか?」


「そんなことあるものですか。

いくら冷徹な侯爵に嫁ぐといっても、取って食われるわけじゃあるまいし」


「食われるかもよ」


「本当? じゃ、食われる前に、その冷徹侯爵の顔をじっくり拝んでから食われましょう。

顔を見たら似顔絵を描いて手紙で送るからね」


「食われたら手紙書けないじゃん」


「あ、そっか。やだわ! あはははは……」


ビビっているくせに笑っているわたしって何なのだろう。

辛いときこそ笑ってしまう癖が本当に嫌だ。


「さっそく明日、カンパニーレ侯爵と結婚契約書を取り交わしたら、モニカを屋敷に連れて行くと言っているのだが……、

モニカがこれだけ笑顔でいてくれて助かった。

これなら大丈夫だろう。な、母さんもそう思うだろう」


父は自信なさげに母に意見を求めた。


「もう、明日にはそういうことなら、それでよろしいんじゃなくって?

今さら、ガタガタ言ったってしょうがないでしょう。腹をくくりなさい!」


わたしの婚約って、腹をくくるような案件なんですかぁ?

明日には迎えに来るって早すぎません?

聞いていませんけど。

そういえば、修道院長が『お相手の方がとても急いでいらっしゃる』

と、言っていたような、いなかったような……。


わたしの華やかな社交界デビューの夢は…はい、消えた。



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