第3話 じゃないほうの令嬢

 修道院長に言われたように、久しぶりに家族がひとつ屋根の下に集まって団らんのひとときを楽しんでいた。


10歳になった弟のニコロが、きちんとした行儀作法でわたしに挨拶する。


「お帰りなさい、モニカお姉さま」


「ニコロ? また大きくなったのね。

最後に会ったのは何年前だったかしら。

確かビアンカお姉さまの結婚式のときだから3年前ね」


「あのときは、僕にもう一人の姉がいると初めて知ったから、

ずいぶんと失礼な振る舞いをしました。ごめんなさい」


ビアンカお姉さまの結婚式で顔を合わせるまで、わたしの存在を知らなかったと言われるほうが、軽く傷つくんですけど。


「そんなことありましたっけ? おぼえてないわ」


「僕は、ビアンカお姉さまと違ってモニカ姉さまって、『なんか地味だね』と言いました」


「そうでしたっけ。全然気にしてないわ。

だって、地味っていうのはわたしにとって誉め言葉ですもの」


「誉め言葉? どういう意味」


「目立たない、道端に咲く小さな花でありたいと思っていますから」


「美しいバラじゃダメなの?」


「バラはビアンカお姉さまの役割ですもの」


「確かに、ビアンカお姉さまは美しいですよね」


そこへビアンカお姉さまがティを持ってやってきた。


「誰がバラですって? ティはいかが?」


ビアンカお姉さまは、わたしと違って亜麻色の髪をしている。

結婚して子供を産んでもなお美しいままだ。

今日はわたしに会うために、身重でありながらわざわざ実家に帰って来てくれたのだ。


「ニコロ、モニカはね、地味で大人しそうに見えても、

ここぞと思ったときには絶対譲らない強い女性なのよ。

妻にするならモニカみたいな女性がいいのよ」


「お姉さま、あまり褒められている気がしないんだけど」


「あら、褒めているのよ。そうでなきゃ、修道院に九年間もいないでしょう」


「いいえ、修道院の寄宿舎に九年間いたのは、誰もわたしを連れ戻しに来なかっただけで。

ひょっとしたら、わたしのことは忘れられたのかな、なんて思う日もあったのよ」


父と談笑している母がこちらを向いて、言った。


「忘れるわけがないでしょう。自分が産んだ子供の事を」


何気なく発した一言を、母はしっかり聞いていた。


「一番目に産んだ子供は、わたしも親になりたてて、何をやっても不安で心配ばかりしていたわ。

三番目になると親としても余裕がでてきて、心配よりも可愛いという気持ちの方が大きくなるものよ」


あれ、二番目が抜けていませんか?

もうすでに忘れられているんですけど。


「ねえ、あなた、そうですわよね」


「ああ、そうだ。母さんの言う通りだ」


父はとりあえず相槌を打っているが、何の話のことかわかっているかは、甚だ疑問である。


「そうだ、事の成り行きを説明しておこう」



突然、父はわたしの婚約を決めたいきさつを説明しはじめた。



「一週間ほど前、カンパニーレ侯爵に王宮で呼び止められた。


『クレメンティ侯爵、あなたのお嬢様と婚約したいのだが、お許し願えないだろうか』


はて? ビアンカはもう嫁いでしまったし、その下といったらまだ10歳の息子だが。

ほかに娘などいないのに、どなたかと間違われているのではと…」


ほら、そこです。

そこおかしいですよ。

父も二番目のこと忘れていたじゃないの。


「わしはこう言ったんじゃ。


『ビアンカならもう結婚しておりますが…』


『じゃないほうの令嬢です』


じゃないほうの令嬢?」


分かりやすくするために、ビアンカお姉さまが解説を入れてきた。


「巷では、モニカは通称『じゃないほうの令嬢』で通っているのよ」


長年俗世間と離れて暮らしているわたしは、社交界で名前すら憶えてもらえない。

いつも美しい姉のビアンカのほうが、《クレメンティ伯爵令嬢》と呼ばれていたから、

同じ《クレメンティ伯爵令嬢》では、姉妹どっちの令嬢なのか紛らわしい。

そこで妹の方は、《ビアンカじゃないほうのクレメンティ伯爵令嬢》。

略して、《じゃないほうの令嬢》と呼ばれている。

……と、いう噂は療養院の患者さんから聞いていた。


父は説明を続ける。


「そうそう、逆にカンパニーレ侯爵から


『修道院の寄宿舎に預けられているお嬢様がいらっしゃいますよね』


と、言われてなぁ」



その侯爵、なかなか仕事ができるじゃない。

修道院の寄宿舎にいる娘がいることをよく調べてくれたわ。

家族にすら忘れられていたのに。

それにしても、わざわざ修道院のことまで調べて、わたしを指名した理由が謎すぎない?



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