第39話 靖彦に富山支店への転勤が発令された
翌年の四月一日、靖彦に富山支店への転勤命令が発せられた。
靖彦は直ぐに光子にプロポーズした。
「待って居てくれるな!必ず迎えに来るから、それまで待って居てくれよな」
「真実に待って居ても良いのね。私で真実に良いのね」
「ああ、勿論だ。君でなきゃ誰が他に居ると言うんだ!」
二人はひしと抱き合って熱い唇を重ね合った。一つになった二人の影を十三夜の朧な月が未練気に照らしていた。思い出滲む八坂神社や明るい祇園の街灯りがぼやけて見えて、名残尽きない夜が更けて行った。
翌日の朝、靖彦は大勢の仕事仲間や親しい知人達に見送られて、特急「サンダーバード」と新幹線「はくたか」を乗り継いで北陸路へ京都駅から旅立った。
駅のホームで靖彦は光子の姿を眼で追い求めたが彼女は見送り人の輪の中にはいなかった。光子はホームの柱の陰に立って一人ひっそりとハンカチを口元に宛てて彼を見送っていた。暫し別れの車窓の内と外で、二人は何も言わず何も語らずに互いを愛する心と心を通わせ、又の逢う日を眼と眼で誓い合った。
靖彦は心で光子に詫びていた。
社命とは言え、一人、故郷へ帰る俺を許して欲しい。二人抱き合って眺めた八坂神社の十三夜の月を決して忘れはしないし、離れ離れて相呼ぶ夜にはきっと男涙で曇らせて見せるからな、光子・・・
光子も呼応して思っていた。
解っているわ、靖彦さん。もう何も言わないで。どうぞ元気で居てね・・・
思い切なく、胸をかき抱いた光子の耳に汽笛の音が響いて消えた。
靖彦にとっては凡そ七年振りの自宅住まいだったので、独り住まいの不便さや煩わしさからは解き放たれたが、然し、その心は平静ではいられなかった。光子と逢えない寂寥感は並大抵のものではなかった。
光子も淋しさと哀しさを心にいつも抱え続けた。二人はスマホでせっせとメールを書き、声が聞きたくなると何時までも時を忘れて話し続けた。
時には光子は気も狂わんばかりに嘆いた。
「どうして私の傍に居てくれないのよ!」
その度に靖彦が優しく宥めた。
「一、二年の辛抱だ、その後はいつも一緒に居られるじゃないか。二人で我慢して頑張ろうよ、な」
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