第38話 それから二人はよく逢った

 それから二人はよく逢った。

 夏にはグランドホテルの屋上で学生バンドのハワイアンを聴きながら、冷えた生ビールのジョッキーを傾けた。灯りさざめく京都の街並を眼下に見下ろし、幸せ気に微笑み交わす二人の頬を涼しい夜風が優しく撫でて通り過ぎた。

 お盆の十六日には周遊観光バスに乗って五山の送り火を観て廻った。東山如意ケ嶽の「大文字」、金閣寺大北山の「左大文字」、松ヶ崎西山と東山大黒天山の「妙法」、西賀茂船山の「船形」、それに上嵯峨仙翁寺山の「鳥居形」の五つだった。午後八時過ぎから相前後して点火され、夏の夜空にくっきりと浮かび上がるこれらの送り火は将に京都の夏を彩る一篇の風物詩だった。光子も靖彦も五つの送り火を全て見るのは初めてだった。

「冥府に帰る精霊を送るなんて何か厳粛な気持ちになるわね」

「そうだな、先祖を思ったり、爺ちゃん婆ちゃんを思い出すなんて普段はあまり無いもんな」

 

 秋の「時代祭」は光子が京都御苑内の観覧席を予約した。行列が京都御所建礼門を出発して行く直前に眼の前で座って見られるという極めて贅沢な祭り見物だった。

この時代祭は京都平安神宮の祭りであり、葵祭、祇園祭と並んで京都三大祭の一つとして知られ、国内はもとより海外からの参観者も多く、観覧席には豊かな国際色が見受けられた。山国隊の奏する笛太鼓の音色を先頭に現れた行列は約二千名で構成され、明治維新から順次遡って平安京の造営された延暦時代に至るまで凡そ二キロにも及んでいた。過ぎ去った京都の歴史を偲ばせると同時にそれは日本の歴史の縮図とも言える絢爛な一大絵巻であった。

「ねえ、見て、見て・・・」

光子が指差したのは女性だけの隊列だった。光子はやって来た順に名前をなぞって行った。

孝明天皇の皇妹和宮を初め歌人の蓮月、京都銀座に巨万の富を有した中村内蔵助の妻、祇園に茶店を営んでいた歌人のお梶、池大雅の妻で南画家の玉爛、六条三筋町の名妓であった吉野太夫、歌舞伎の創始者とされる出雲阿国と続いていた。

「江戸時代にもこんな凄い女性が居たんだね、将に吃驚だわ」

光子は感嘆頻りだった。

 

 クリスマス・イブの夜に靖彦は光子を「北山ウエディングストリート」へ連れて行った。

其処は地下鉄「松ヶ崎駅」から歩いて直ぐの「京都のウエディングストリート」と呼ばれる恋人たちの憧れの場所だった。凡そ三百メートルのストリートに約十万個のイルミネーションが煌めいていたし、街はキャンドル&イルミネーションコラボナイトで盛り上がり、クリスマスコンサートも行われて、雰囲気は最高だった。二人は夜の街に燦然と輝く教会を見上げながら、手を繋いでぶらぶらと歩いた。恋人たちの憧れの場所で素敵なデートをして、何も語らずとも、靖彦も光子も十分にクリスマス気分は盛り上がった。

 ウエディングストリートを抜けた後、靖彦は直ぐ近くに在る「北山モノリス」と言う創作料理の店へ光子を案内した。

彼が予約してあったのは生演奏付きのクリスマスディナーだった。

「此処は、君へのプレゼントだよ」

靖彦はそう言って片眼を瞑った。

ムーディーな音楽をバックに始まったディナーはゴージャスで、至福の始まりはプティサレだった。それから、オマール海老の美味サラダの冷前菜、温野菜はフォアグラのフランに茸のカプチーノ、それに、真鯛のパイヤッソンと冬野菜のミジョテと言う魚料理が続いた。メインの肉料理は黒毛和牛のローストとトリュフ香る冬野菜のタルトだった。芳醇でまろやかな白ワインとの相性は抜群だった。

「どうだ、旨いだろう?」

「うん、もう、最高ね!」

「尤も、こんな贅沢なものを毎日食べる訳には行かないけどな」

「それもそうね」

二人は顔を見合わせて笑い合った。

デザートは聖なる純白のムースだった。

「粉雪を散りばめたベリーと共にお召し上がり下さい」

ウエイトレスは微笑みながらそう言って、下がって行った。

最後にプティパンを食し、紅茶を啜って二人の晩餐は終わった。

「これ、わたしが手作りしたんだけど、良かったら着けてみて」

光子はそう言って手下げ袋を靖彦に差出した。

「開けて見ても良いかな」

「ええ、どうぞ、どうぞ。お気に召すかどうか判らないけど・・・」

包まれた包装紙を丁寧に捲ると、出て来たのは手編みのマフラーだった。

「おおっ、凄い!君が編んでくれたのか?暖かそうだなぁ」

早速に、靖彦は赤と黒との二色の毛糸が格子状に編まれた純毛のマフラーを首に巻き付けた。

「うお~、暖っけえ!首の後ろが凄く気持ち良いよ。有難うな、真実に!」

靖彦は心から喜んだ。光子の自分を思ってくれる優しい心音に胸を熱くして感動した。

「でも、大分、手間暇が掛っただろう?」

「うん、一週間は掛かり切りだったかな」

「そうか、サンキュウ、サンキュウな」

靖彦はマフラーを首に巻いたまま店を出て、二人は地下鉄の駅へ向かった。

光子が靖彦の横顔を見上げて、自分の右腕を靖彦の左腕に絡めた。顔を見合わせ微笑みながらイルミネーションの下を二人は潜り抜けた。

 

 初詣は縁結びの神社である「地主神社」へ連れ立って出かけた。東大路通から五条坂を登って行くと十分足らずで到着した。

 二人は先ず手水所で身を清めた。

光子は柄杓を片手で持って水を掬い、その水で左手から右手の順に漱いで手を清めた。更に、残った水を左手に受け口に含んで口を清め、含んだ水を溝に流した後、口をつけた左手を清め直した。それから、柄杓を垂直に立てて残った水を伝わせながら柄杓そのものを清め、元の位置に戻した。

光子の仕草をじっと見ていた靖彦も光子を真似倣ってお清めを終えた。

 境内には「恋占いの石」や「恋占いおみくじ」があったが、二人はそれはしなかった。

「占いは二人でするもんじゃないよ。君が吉と出て俺が凶だったら腹立たしいし、その逆だっら君が哀しむだろう。だから、俺はやらないよ」

靖彦がそう言ったので光子もその言葉に従った。

 本殿の前に立ってお賽銭を奉納し二礼二拍手一拝した時には、二人とも神聖な気持ちに包まれて身が引き締まった。

「お賽銭は福を戴き、願いを叶えて貰うお礼として奉納するものなのよね」

本殿の直ぐ横には「はらえ戸大神さま」と言う人形祓いが在った。人を模った紙に息を吹きかけて自分の身代わりとし、水に流して、身についた悪霊や病気、悩みごとなどを取除いて貰うと言うものだった。

 本殿から少し行くと「しあわせの銅鑼」と言うのが在った。

軽く叩くとその心地良い響きが神様に伝わり、良縁が授かるのだと言う。銅鑼の広く響き渡る清らかな音色には邪霊を払う力があり、周囲を浄化するとのことだった。

二人は清らかな素直な心で三度叩いてみた。光子には、その音色を耳にした神様が良縁を授けて下さるように思えた。

 撫でる箇所によって、良縁や安産、受験必勝、商売繁盛、勝運、交通安全など、それぞれにご利益が戴けると言う「なで大黒さま」と言うものもあった。

 最後に二人は「恋の願かけ絵馬」を奉納した。

全国からやって来た大勢の参拝者たちが恋愛成就を初め様々な願いを祈願した多数の絵馬が掛けられていた。光子が薀蓄を披露して言った。

「奉納された絵馬は、毎月第一日曜日の「えんむすび地主祭り」で願い事成就のお祓いをして貰うのよ」

 最後に光子は恋愛と結婚のお守りを買って、神聖な気分で神社を後にした。お守りは大事にバッグの奥に納い込んだ。

 二人は清水の舞台を左手に見ながら茶わん坂を下って祇園の繁華街へと歩いて戻った。

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