第四章 運命の出逢い

第19話 達夫、万引きした雅美を助ける

 駅前の、交差点を隔てた通りの角に在る大きな書店の前で松山達夫は脚を停めた。

雑誌を積み上げた店先の平台の所で一人の女の子が漫画雑誌を立ち読みしながら、くすくす笑っている。高校生だろうか?それとも大学生か?秀麗と言うほどの顔立ちではないが膨らんだ頬が結構可愛い。繋ぎのズボンを履いた姿は悪くは無いが、ちょっと子供っぽいかな、と達夫は思った。

 その時、女の子は、チラッと周囲に目を走らせて店員や周囲の人間が此方を見ていないことを確認すると、手に持っていた雑誌を左肩にかけたショッピングバッグに落とし込んだ。そして、何食わぬ顔で手を伸ばして別の雑誌を捕ると、其のまま又、立ち読みを始めた。

凄い!

達夫は思ってもみなかったことを目の当りにして、虚を突かれた思いで感嘆の声を挙げた。

あんな大きな嵩張る雑誌をよくもまあ・・・良い度胸だ・・・

が、次の瞬間、店の奥の方で何かが動く気配がした。女の子は其方へ素早い視線を走らせると、手に持っていた雑誌を平台に戻し、ゆっくりと店先を離れた。そして、五、六歩歩いた後、突然、身体を翻して広い歩道を駆け出した。それと同時に、店の奥で鋭い叫び声がして若い店員が飛び出して来ようとした。

「こらっ、待てぇ!」

 女の子は最初の小さな四つ辻を左へ曲がった。然し、女の子と若い男とでは身の軽さも動きの速さも格段に違っていた。達夫には女の子が逃げおおせるとは、到底、思えなかった。彼は咄嗟に走り出して女の子を追った。

 達夫は女の子の逃げた最初の四つ辻を曲がり、更に走って右へ折れた所で彼女に追いついた。女の子は怯えた眼で彼を見た。

「逃げろ!頑張るんだ!」

達夫は低い声でそう叫ぶと、女の子からショッピングバッグを引っ手繰るように奪い取って自分の脇の下に抱えた。そして、息を切らせてしゃがみ込みそうな女の子の手首を掴み、彼女の身体を引き摺るようにして走り続けた。女の子は自分の手首を掴んだ男が味方だと知って、気を取り直したようにまた走り始めた。後ろで店員の罵り声が弾けた。達夫は女の子を引き摺りながら脇道から脇道へ曲がって走った。入り組んだ住宅街の町並みが二人に幸いした。後を追う足音はいつしか聞こえなくなった。


 それから、三十分後、二人は書店から反対方向の大きな河川敷に居た。

「あの漫画、そんなに面白かったのか?」

「・・・・・」

走り疲れて河原で横座りしていた女の子は声を掛けられて達夫の方を見上げた。

「さっき、立ち読みしながら忍び笑いをしていただろう」

「ああ、あれ、面白いよ。見て見る?」

女の子はショッピングバッグから雑誌を引っ張り出してペラペラと捲っていたが、直ぐに、目指す漫画へ行き着くまでに別の漫画に引っ掛って、達夫を立たせたまま、一人でまた笑い声を上げて熱心に読み始めた。

「君、何て言う名前?」

「わたし?」

達夫の声に女の子は読むのを止めて顔を上げた。

「私の名前?私は中本雅美。友達は皆、マミって呼んでいるよ。あなたもそう呼んでくれれば良いわ。で、あなた、何て言うの?」

「俺は松山達夫。友達はタツって呼んでいるよ。尤も、そういう風に呼ぶ奴なんてほんの二、三人だけだけどな」

「あなたって孤独派なの?」

「いいや、別に。でも、そんなもんだろう、友達ってのは」

「そうかもね」

 雅美は立ち上がると数歩歩いて、今まで読んでいた雑誌を傍らに在った紙屑籠の中へ突っ込んだ。

「なんだ、折角苦労して盗ったのに、勿体無い」

「良いの。漫画なんて立ち読みで十分よ。家まで持って帰ったりすると精神が堕落するわ。それにお金出して買ったりしてもね」

雅美は達夫に向かって、共犯者宜しくにっと笑ってみせた。

「でも、タツにマミって良いじゃない?ねぇねぇ、これから先、そう呼び合おうよ、お互いに、ね」

「うん、それも良いかも、な」

 雅美は思っていた。

本来なら掴まえて警察に突き出すべきところを、この人は、逃げる私を助け庇い護ってくれた・・・

こうして二人は、将に運命的な出逢いを果たしたのである。


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