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「そのお店では最先端も最先端、チョコレートを使ったスイーツが有名らしいわ!」


「わあ、それって結構珍しいやつだよね。楽しみだねぇ〜!」


 今日の目的地である甘味処までの道すがら、サクラさんとヨウさんは楽しそうにお喋りしている。そしてその後を私と夜香さんがついていく形になり、前二人の楽しげな様子をこれまた楽しそうに眺めていた。


 さて、それは良いとして……ちょこれーと?とはどんなものなんだろうか。今まで甘いものは贅沢品だったから食べる機会なんて片手でも余るほどで、その方面にも疎い節がある。だからそのちょこれーと?がどんな見た目なのか、味はどうか、全く想像がつかない。


 まあ、それはそれで良い気がする。新しいことをこれから知っていけば良いのだから。

 そう前向きに捉え、今度は迷子にはならないように一生懸命前の二人について行く。


…………


「ここよ!」


 サクラさんが意気揚々と指差した先にあったお店『甘味処 ショコラ』は、お店自体を隠すように伸びたツタが特徴的な外観だった。隠れ家のような見た目のお店故に、店内はどうなっているのだろうと入る前からワクワクしてしまうのも仕方なかろう。


──チリン


 お店のドアを開けると鳴るベルはとても涼しげで、日が高くなって暑くなっていた体も冷えていくような錯覚さえ感じた。


「いらっしゃいませ。」


「四人なのだけれど、席はあるかしら?」


「ええ、勿論。ではご案内いたします。」


「よろしくお願いしますわ。」


 この四人の中ではサクラさんが所謂しっかり者という位置付けなのだろうな、と思わせる対応力を見せた。まあ、夜香さんはいつものように黙り、ヨウさんはポワポワしているものね。自ずとそういう役回りになってしまうのだろう。


 ある意味バランスの良いチームなのかもしれない、そう感じた。


「あ」


「あ?」


 と、そんなことを考えながら空いている席に案内されていたその時、私たちが座る席の隣に見覚えのある仮面が見えた。思わず私は声を出してしまい、それを聞いて向こうも私たちに気がついてしまった。


「あら、ラナンキュラス。あなたもチョコレートを食べに?」


「ど、どどどどうでも良いだろ! どこで何を食べていようと、俺の勝手だ!」


 サクラさんの言葉に過剰に反応し、持っていたフォークをブンブンと振り回すラナンキュラス大先生。ああ、このメンバーでもラナンキュラス大先生の物言いは変わらないのか、とその表裏のないやりとりに好感を持った。


「ラナンキュラス大先生! こんにちは!」


「うげぇ、お前もいるのかよ……。今日は厄日だな。」


「いえ、それほどでも!」


 大先生に挨拶をすれば、途轍もなく嫌そうな声色で返事が戻ってくる。それに堪えることなく返すと、ラナンキュラス大先生は寒気を紛らわすように腕を摩った。まるで私の存在を見て鳥肌が立った、と言わんばかりだ。なんと失礼な。


「ラナンキュラス大先生、隣、失礼します!」


「うげぇ……」


 ラナンキュラス大先生の嫌そうな声は聞かなかったことにして、隣の席に座る。その一部始終を見ていた三原色の三人は目を点にしていた。


「エンレイ、あなた……あんな態度を取られて嫌になったりしないの?」


「打たれ強いというか、何というか……エンレイちゃんってすごいんだね〜。」


 感心したようにサクラさんとヨウさんがそう呟く。何に対して感心しているのか、私には分からなかったが。


「いえ、ラナンキュラス大先生は私を嫌っていても無視しないでくださいますし、暴力に訴えることもなさらないので。とてもお優しい方です!」


「エンレイ……」


「キモっ!」


 私の言葉にサクラさんは呆れたような声を、ラナンキュラス大先生は嫌悪マックスの罵倒を私に向けた。え、そんなに気持ち悪いこと言ったかな? よく分からないや。


「ご注文のブラウニーでございます。」


 そんな微妙な空気を裂くように、店員さんがラナンキュラス大先生のテーブルにお菓子を置いた。ぶらうにーってなんだろう? 見た感じ茶色の何か、としか分からなかった。


「……四人とも、取り敢えず席に着いたら? 今日は仕方ないから隣に座っていても良いし。」


 ぶらうにーとか言うお菓子のおかげで、ラナンキュラス大先生の機嫌は上向きになったらしい。渋々という体ではあるが、隣の席に座ることを許してくれた。


「まあ、あなたに許しを乞わなくてもこの席しか空いてないからここに座りますけどね。」


 サクラさんは少し刺々しくそう言って私の隣に座った。そしてラナンキュラス大先生をいない者としてメニュー表を見始めた。ヨウさんと夜香さんは気まずそうに私たちの対面に座り、おずおずとメニュー表を覗き込んでいく。


…………


「ご注文のティラミス、フォンダンショコラ、ザッハトルテ、ブラウニーでございます。」


 夜香さん、ヨウさん、サクラさん、私の順で頼んだものがテーブルに置かれる。どのスイーツも茶色なところを見ると、ちょこれーととか言うやつ自体の色が茶色なのだろうと理解した。


 ちなみに私が頼んだブラウニーはラナンキュラス大先生が頼んでいたのを実際に見て、見た目の想像ができたからだ。


 味は想像できないが、ラナンキュラス大先生が美味しそうに食べていたのを見て──表情は相変わらず仮面で見えなかったが、そんな空気を感じた──興味が湧いたのだ。あの怒りっぽい?ラナンキュラス大先生が楽しげにするほどのものはどういうものだろう、と。


「いただきます!」


 それぞれがそれぞれのスイーツをパクリと口に入れ、全員がその美味しさに目を剥いた。勿論、私も。


「なにこれ美味しい……!」


 ブラウニーとやらは、この前食べたケーキとかいう甘味と似た食感。そして食べ慣れないこの味こそがチョコとかいうやつなのだろう。これは美味しい。


「ちょっと、これ相当美味しいじゃない! エンレイ、それ一口頂戴! ワタクシのフォンダンショコラと交換よ!」


「勿論良いですとも!」


 隣に座るサクラさんとそれぞれのお菓子を一口交換し、それも食べてみる。トロリとしたソースのようなものは特にチョコ味(仮)が濃い。周りのケーキのような部分と合わせて食べるとそれはもう舌が喜ぶような味だった。


…………


 また皆で来よう。そう意気揚々と約束をしてから、今日はお開きになった。


 ヨウさんも、なんだかんだ言って夜香さんも、帰り際機嫌良さそうに笑っていたのを見て、私までも嬉しくなったのは自分だけの秘密である。


 そんなホクホクと心が温かい状態のまま、サクラさん宅で夕飯をご馳走になっていた時、それは不意に鳴った。


「サクラ様! 白花様から緊急の連絡が入りました!」


「何があったのかしら?」


 執事さんがサクラさんの元にバタバタと駆け込んできたのだ。それも緊急とか言っていなかっただろうか。サクラさんは努めて冷静でいようとしているみたいだったが……


シュヴァルツのお方が……!」


「っ……! 今度はどんな命知らずがやらかしたのかしら!?」


 その一言を聞いて、冷静を保っていたサクラさんの様子が変化した。シュヴァルツ、というのは……ええと、今の時代に生まれていらっしゃるのだろうか? お二人のやりとりの邪魔にならないように黙って様子を窺いながら、そう思考する。


 というのも、シュヴァルツ属性持ちが生まれる確率は数百年に一人いるかどうかだからだ。


「そ、それが……」


「まあいいわ。今はそれよりも……」


 執事さんとお話していたサクラさんはそう言い淀んでから、こちらに振り返った。


「エンレイ、あなたも来なさい。次期総指揮館になるつもりなら。」


 真剣な顔のサクラさんに、私もコックリと一つ頷いた。己が後々総指揮館になれるかは分からないが、そうなる覚悟ならあるという意思表示にはなっただろう。


「じゃあ、今すぐ城に向かうわよ。」


 サクラさんのその一言で、私の運命は回っていくのだった。

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