1-18
第三者さんと自己紹介を交わし──名前はヨウさん、とのこと──、さてこれからどうしようかと話し合うことにした。
どちらかが道に明るかったら問題はなかったが、ここには迷子しかいないからね。
「エンレイちゃんは誰かと一緒だったの?」
「はい。友人と……」
「そっかそっか。僕も一緒に行動していた人がいるんだ〜。それならお互い、探されてるかもね。」
「そうですね。」
「あー、じゃあ目立つところに立って動かない方が良いかもね。これ、迷子の処世術〜。」
「なるほど、勉強になります。」
迷子のプロ(?)からのありがたい教えを受け、脳内にきっちりメモをする。
が、そんな返事をするとヨウさんが『真面目だねぇ〜』と緩く笑った。何故そう言われたのかが分からず、私は首を傾げることしか出来なかった。
…………
目立つ場所を探しながら二人並んで少し歩いてみると、ヨウさんが『あ!』と声を上げた。
「あの噴水、目立つんじゃない?」
そう言ってヨウさんが指をさしたのは、なかなか存在感のある大きさの噴水だった。背の高いヨウさんと私が両手を広げて並んでもまだ余るほどの大きさ。
水のおかげで少し涼しく感じる噴水に近づき、その前にある石段に二人で座った。そして同行者が見つけてくれるのを待つことにした。
「水の音が心地良いねぇ〜。」
「そうですねぇ……」
サァァ……と絶えず流れる水音、そして少し遠く感じる賑やかな人の声、そして涼やかなそよ風。それら全てがこの心地よい空間を作り出していた。
二人で日向ぼっこしながら、ゆる〜くお喋りに花を咲かせる。
「そういえばこの間、僕の仲間の一人がね、新しい甘味処に行きたいってはしゃいでいたんだ〜。それを見て僕も行きたいなって思ったんだけど、なんか言い出せなくてさ〜。」
「甘味処って頻繁に新しいお店が出るんですかね? 今日は友人と『新しく出来た甘味処』に行く予定だったんですよ。まさかそのお店ですかね?」
「う〜ん、そうだなあ、その仲間が言うには新しく出来たのは久しぶりのことらしいから、もしかしたら同じお店のことを言っているのかもねぇ〜。」
「あ、それなら……嫌でなければ、お礼も兼ねて一緒に行きませんか? と言っても、迷子から脱してから、ですけど。」
「わあ、良いの〜? どうも男一人じゃあ入りにくくて、でも甘いもの食べたくて、どうしようかなって思ってたんだ〜。」
今まで以上にヨウさんの声が弾んだ。お花がヨウさんの周りにポポポと浮かぶ幻覚が見えてしまうくらいには嬉しそうだ。
「じゃあ、尚更早く見つけてもらわないといけまs」
「エンレイ! 見つけた!!」
「サクラさん!」
さすが迷子のプロだ。目立つところにいたおかげでサクラさんが見つけてくれた。そしてサクラさん、見つけてくれてありがとうございます。
「あれ、サクラちゃんだ〜?」
「え、なんでギンヨウがここにいるのよ?」
……おっとぉ? まさかの知り合いですかね?
ヨウさんはサクラさんに向けて手を振って、それを見たサクラさんは怪訝そうにヨウさんをジッと見つめる。
「あのねぇ〜、迷子!」
「あー……いつもの、ね。ハイハイ。で、今日は誰と一緒だったのよ。」
「え〜っとねぇ、ランくん!」
「ハァー……」
あれ、ちょっと待てよ。サクラさんと対等に喋っているということは、ヨウさんって
今までずっと帽子を被っていて見えなかったけど、もしかして鮮やかな色彩の髪色をお持ちで……
ドスッ!
「ぐえっ」
と、グルグル考え込んでいると、蛙が潰れたようなヨウさんの声が隣聞こえた。
パッとその声の方へ振り向くと、お腹を抱え倒れこんだヨウさんと一発拳をぶつけましたと言わんばかりな姿勢のまま立ち止まる夜香さんがいた。わあ、いつの間に。
「ギンヨウ、勝手にどこかに行くな。探す手間が増えるだろう。」
……まさか、ヨウさんが迷子になる前一緒に行動していた人は夜香さんだったのか。ああ、今思い返してみればサクラさんの問いかけに『ランくん』と答えていたっけ。
夜香ランさん、
「ごめんねぇ〜、今日こそ迷子にならないように頑張ったんだけど……。今度は迷子にならないようにもっと頑張るね。」
「そうしてくれ。」
ヨウさんと夜香さんのやり取りに気を取られていた私は、隣にいる紅の彼女がズモモ……と怒りの気配を撒き散らしている気配に気が付けなかった。
「で、エンレイ。言い訳は?」
「無いです申し訳ありませんでした。」
ドスの効いた声でそう問われれば、謝罪以外の言葉を発することなんて出来るはずもなく。道端だというのに土下座しそうな勢いで謝った。借りた服を汚せなかったからやらなかったけれども。心の中では土下座をしている。
「……ハァ、まあ、何もなくて良かったわ。ギンヨウもいたから、変なやつに絡まれていたとかも無かったでしょうし。」
「アア、ハイソウデスネー」
「エンレイちゃんは変なやつに絡まれてたよ〜」
せっかく上手く誤魔化したっていうのに、ヨウさんが絡まれたウンヌンのことをバラしてしまった。
意外とサクラさんは好戦的だ。だからこそ穏便にコトを済ませたかったのに。内心ムムムと顔を顰めてヨウさんを半ば睨む。
「で、僕が間に入ったら『覚えてろ〜』って言って去って行ったよ〜」
「そう……。それなら、まあ良いわ。ギンヨウの迷子が初めて役に立ったわね。」
サクラさんは怒りの矛を収めてくれたらしい。怒っている雰囲気が霧散したことを肌で感じながら、内心ホッと安堵する。
「で、二人は自己紹介したのかしら?」
「したよ〜? 僕はヨウで、この子がエンレイちゃん!」
「……あなた、まさか分かっていないのかしら?」
「何が〜?」
「この子、エンレイの苗字は『白花』よ。」
「……そっか〜、ツユクサさんの娘ってエンレイちゃんのことだったんだ〜」
納得納得と頷いたヨウさんは、それまで被っていた帽子を取って私に向けて一礼した。その時初めて見たヨウさんのマッシュヘアは鮮やかな黄色。
「初めまして、エンレイさん。僕は
ヨウさん改めギンヨウさんはとても丁寧に自己紹介をしてくれた。
「あ、頭を上げてくださいっ! 私はまだまだ敬われる人間ではありませんから! あと私に敬語は不要です!」
「そう? じゃあそうする〜。」
改まった挨拶から一変、先ほどまでの緩い話し方に戻った。うん、やっぱりヨウさんとはこの話し方でお喋りしたいな。そう実感して顔が綻んだ。
「で、話は変わるけどさ〜……甘味処、僕もついて行っても良いの〜?」
「あら、そんな話になっていたの? ワタクシは構わないわよ。……というか、ギンヨウも行きたかったのならそう言えば良かったでしょうに。」
「う〜ん、どうしても遠慮しちゃった〜。」
「そう……。」
「でも遠慮は要らなかったんだねぇ〜。今度からは甘味処に行く時は教えて欲しいな〜?」
「勿論よ。人は多い方が楽しいもの。」
「わ〜い。それもこれもエンレイちゃんのおかげだねぇ〜。ありがとう〜」
「ぅえっ? あ、ええと、はい……? ど、どういたしまして?」
何故かよく分からないままお礼を言われた。私、何かしたっけ……? 返事はしたが、何も分かっていないと知られてしまうようなものになってしまった。
「……俺たちランクSは仲間としての絆はあれど、所詮その程度。休日を共に過ごすような仲ではなかった。それを良い方向へと変えてくれたエンレイにお礼を言ったのだ。」
いつの間にか私の隣にいた夜香さんがボソッとそう教えてくれたから、お礼の意味を理解した。ほうほう、なるほどなるほど……
「教えてくださりありがとうございます。」
「ああ。」
「……」
「……」
必要最低限のことを喋りきった夜香さんはまた口を閉ざした。もうこの流れは体験済みなので、オロオロと慌てることもない。夜香さんはこういう人なんだ、と知っているから。
「じゃあ、四人で甘味処に行きましょう! 早く行かないと並ぶわよ! あと、そこの天然二人! 今度は迷子にならないように!」
「は〜い!」
「天然ではありませんが善処します!」
もう甘いものしか頭にないサクラさんのワクワクした声に、ヨウさんと私は元気に返事をする。夜香さんの声はないが、どうやらついてきてくれるらしいことは分かった。
私はといえば、未知の甘いものに想いを馳せながらまた迷子にならないように意識を強く持ってサクラさんに着いていくのだった。
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