お気楽ナメウサギの超ご都合主義生活

椎名うみ

第1話

ピピピ…ピピピ…


部屋中にけたたましいアラームの音が鳴り響く。

ぼんやりとした意識の中で俺は機械的にアラームを止め、時刻を確認した。

そしてまた朝がきてしまったのだと気付いてため息をついた。


(はぁ…仕事行きたくない…ていうか起きたくない…いや、ていうかもう…)


「死にたい」


思わず声に出してしまった。

渋々起き上がろうとしたが、体が鉛のように重たい。

昨日は帰宅したのが明け方だった上に、夢の中でも仕事に追われうなされていたせいかろくに眠れず朝から満身創痍だ。


一体いつまでこんな生活を続けるんだ俺は…早く転職しなくては⋯いや、たとえ転職先が決まらなくてもまず何より先にこの会社を辞めるべきだともうずっと前から分かっていたはずだった。

しかし所謂ブラック企業である会社に心も体も蝕まれ、気が付くといつの間にか思考停止状態から抜け出せなくなってしまった。

金銭的にも余裕ないし、家族とも疎遠だし、マジで人生詰んでるよな…。


そんなことをぼんやり考えていた時、天井から声が聞こえてきた。


――今自分『死にたい』って言うたな?ほんならその魂、死神がもらってもええんかな?


「…え?」


思わず声が漏れた。

死神だって?

死神って魂集めるのが仕事なんだっけ?

てか、そもそも死神って関西弁だっけか?

あぁ、そうか…ついに俺は精神が崩壊して幻聴が聞こえるようになってしまったのか…はは、もうおしまいだ…。


――幻聴ちゃうな!おしまいでもないな!いや、魂もらうからおしまいっちゃおしまいやけど、なんか今言ったニュアンスとはちょっとちゃうからな!惜しいな!


――ほんでちょっとでも親しみ持ってもらえるように喋り方も工夫してるんやな!


心を読まれた…?

いや、なんかこっちが上手いこと言おうとしたけどスベったみたいにすんなよ…んでなんで死神が親しみやすさとか求めてんだよ…。


――人間の考えることなんて死神にはまるっとお見通しやな!くっそー、せっかく怖がらせんように配慮したったのにな…この姿見てビビって気絶しても知らんからな!


そして、そいつは俺の前に現れた。まるでゲームで召喚魔法を使った時のような眩い光とともに。


小さな体に黒いローブを身にまとい、体の倍以上はありそうな大きな鎌を持っている。

顔はフードを深く被っているせいでほとんど見えないが、ローブの下から少し見えている体の形状にはどこか見覚えがあるような気が…あ、分かった。ナメクジだ。


「ナメクジちゃうな!ウサg…死神やな!」


…今こいつ、絶対ウサギって言いかけたよな。

ウサギ要素なくね?


「まったく失礼しちゃうな!」


そう言いながら被っていたフードをはずすと、赤いつぶらな瞳をした顔と長い耳が露わになった。

顔や体は―正直どこからが体なのか境目はよく分からんが―全体的にパステルカラーのような淡い黄色をしている。

なるほど…カラフルなナメクジにウサギみたいな耳が付いた生き物…ウミウシか?


「だから!うーさーぎー!!」


もはや死神ではなくウサギだと主張し始めた。

一体何なんだこいつは…。


「あぁ分かった分かった、ウサギの死神な。えーっとじゃあ…名前は?」


「名前は…『ナメナ』やな…」


いや、やっぱ絶対ナメクジじゃねーか。






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