第18話 タコだ触手だタコ焼きだ!
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何はともあれ、駄エルフ達が水中でも問題なく傭兵活動をできると証明はされた。……されたか?
(まあされたって事で!)
されたらしい。
しれっと私と会話を成立させている事には触れないでおく。本能が働いたのか、なんなのか。
「うん? トキワ君、どうかした?」
「いや、うーん、分かんない」
……まあ良いだろう。
翌日、二人はスタール、エル親子と共に再び海中へ繰り出していた。目的は、この頃近海を荒らしているという魔物の討伐である。
「そろそろ獲物の縄張りだ。気をつけろよ、オクタナスは強いぞ」
「八本の触手を持った魔物で、変幻自在の柔らかな身体を持つ……。トキワ君、がんばろ!」
「全力で倒しましょう。正直、気持ちが悪いので……」
砂と岩ばかりの薄暗い海底。三者が強敵を前に気を引き締める。金ランクと銀ランクのパーティとは言え、うち二人は海中での戦いに不慣れだ。激戦を覚悟するのも当然。
そうなれば、当然あの駄エルフだって――
(八本足で軟体って、つまり、アレだよね! タコ! つまりタコ焼き!! じゅるり……)
じゅるり、じゃない。
(ついでにエルさんに良い所を見せてお近づきになるチャンスだよ! なんて美味しい!)
二重の意味でか?
まったく、どこまでも欲望に忠実な奴だ。変に緊張して失敗するよりかは良いのかもしれないが。
とりあえず下心の方は忘れておいた方が良いぞ? シュアンが何か勘付いてソワソワし始めた。カミアリヅでの恐怖を思いだせ。
「近いな……」
「オクタナスには擬態能力もあります。お気をつけて」
そんな中でもシリアスを保つ親子に脱帽だ。駄エルフは爪の垢を煎じて飲むが良い。そしてシュアン、強く生きよ……。
さて、そろそろ街の結界が放つ光も届かなくなってきた。視覚以外にも鋭敏なセンサーを持つ海の民ならば問題のない程度だが、夜目が効くだけのトキワ達には辛い光量だ。
トキワの視界で、何かが動いた。彼がその何かを捉えようと目を凝らした、その時。
「下だ!」
叫んだ声は、スタールのもの。
咄嗟に圧縮空気を解き放つ魔法で海流を作り、その場を離脱する。
と同時に、一瞬前まで彼のいた場所を周囲の岩と同じ色の柱が貫いた。
その太い柱のような何かの持ち主が、擬態を解いて姿を現す。
「やっぱりタコだぁ!」
「オクタナス! ……あん? タコ?」
「い、良いから!」
一々腰を折る駄エルフの傍ら、追撃しようとするオクタナスにシュアンが狙いを定める。
打ち出された普段よりも大きな氷槍は触腕に払われ標的を貫く事は無かったが、しかし追撃を防ぐ目的は十全に果たした。
どこか苛立たしげな様子を見せるオクタナス。その眉間をエルの魔法が生み出した衝撃が叩く。
そうなれば、魔物が彼女を狙うのは必然。いくつもの触手がエルを狙うが、さすがは銀ランクの人魚か。移動中とは比べ物にならないスピードで泳ぐ彼女を捉えられない。
一層苛立つオクタナスの視界から、他の三人が消えた。
魔物がその事に気がついたのは、自身の足全てを根本から切断された時だ。下手人は、高速回転しながらブーメランのように突撃したスタール。四肢と頭部を魔力が覆い、刃と化している。
「やった! 凄い!」
「まだだ! 直ぐ再生するぞ!」
シュアンの勝鬨虚しく、断面が波打ち始めるのが四人に見えた。
「再生出来なくなるまで繰り返すぞ! 食われんなよ!」
海中で生きる者達にとって、オクタナス討伐の定石だ。しかし一本一本が巨木のような触手を両断する難易度たるや。下手な鎧など容易く噛み砕く口ばしと合わせて、この魔物が金ランクに位置付けられる所以である。
(んー、でも、タコだよね?)
再生を終えた内の二本を魔力の刃で斬り飛ばしながら、駄エルフは考える。シュアンがフォローを入れつつエルが気を引いているので、余裕はあるらしい。
まあ、タコという存在を知っているのならば、言いたい事は分かる。
(やってみれば良いか!)
分かるが、相談くらいはしておいた方が良いぞ? あ、もう遅いな。
「えいっ!」
「トキワ君!?」
「バカっ! 早く離れろ!」
再生を待つ三人の視線の先、駄エルフは剣に細長い魔力の刃を纏わせオクタナスの眉間に突き刺す。掛け声はなんとも間抜けだが、その効果は抜群。オクタナスは巨体をぴくりと痙攣させると、そのまま動かなくなった。
「再生が、止まった……?」
「……エル、俺にはどうも、オクタナスが死んでるように見えるんだが、どうだ?」
「わ、私にもそう見えます」
未だ警戒しながらも呆気に取られる三組の視線に気が付かぬまま、駄エルフは満足げだ。うんうん、やっぱりね、なんて言っている暇があるなら説明してやった方が良いのでは無かろうか?
「おい、したり顔なんざしてねぇで、説明してくれねぇか?」
「うぇっ? 説明って、脳を刺しただけだよ?」
妙に引っ掛かる言い方だな?
「脳って……、頭はそっちの丸いとこじゃねぇのか?」
「違う違う、そっちは胴体」
「胴体……。道理で幾ら斬っても再生される訳だ。そもそも脳が無いって話もあったが、なるほどな」
感心するスタールをよそに、トキワは触手の回収に向かう。今は食欲が最大限に働いているようだな。
「博識なんですね」
「トキワ君、凄い……!」
「っ! うぇへへっ」
そっちには照れるんだな? スタールのやつが腑に落ちない顔をしているぞ?
「で、なんでそんなもん回収してんだ? コイツの素材なんざ、歯と墨袋くらいだろ?
「あ、やっぱり墨も吐くんだね。触手は、食べるんだよ? ……え、食べないの?」
「逆に食うのか? こんな気持ち悪いもん」
「食べるよ? 美味しいよ?」
互いに信じられない、みたいな顔をしているが、まあ実際、ゲテモノな見た目ではある。食べられると知っていなければ食べようとはしないだろうな。
「あー、だからか。眉間の辺りに脳があるって知られなかったの」
「まあ、そういうこったな」
巨体を持ち帰るのは苦労する。見た目的に食用にしようとも考えない。ならば使えそうな部位だけ取っていこうと考えるのはおかしな話ではない。そうなると、全身の研究なんて進まない。単純な話だったな。
余談だが、陸上の一部の地域では食用されている。
「何はともあれ、だ。次から相談くらいしやがれ! 驚くだろうが!」
「いたっ!? うぅ……」
まったくだ。その拳骨、もう二発くらい落としても文句は言わんぞ。
「今回は、トキワ君が、悪い、かな……?」
「シュアンちゃんまで……。あ、ちょ、待って、反省してる! もう二発目は要らない! ごめんなさいっ!」
またやるな、これは。これだから駄エルフなのだ、駄エルフは。
(せっかくエルさんに良い所見せられたと思ったのにぃ……!)
……駄エルフだな。
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