第17話 やったぜ人魚のお姉さ――目が、目ぇがぁっ……!?

 場所は変わって、傭兵ギルドの食堂。

「ほーん、二人で世界を旅ね。いいじゃねぇか」

 

 丁度昼時が近かった事もあり、ヒトデ人ことスタールと昼食を共にしていた。海の中だけあってか、三人の前に並ぶ料理は魚介や海藻類を使ったものが多い。ちなみにトキワの奢りである。あらぬ疑いをかけたので自業自得だ。


「船の出航日は一週間後だったな。それまでは、観光か?」

「観光もするけれど、ここの依頼も少し受けてみようかなって思ってるよ」

「ああん? 言ったろ、お前らエラナシに出来る仕事なんざねぇって。それとも余程金がねぇのか?」

「お金は、まあ平気だよ。船が止まっている間は宿も船室を使っていいみたいだし。呼吸についても大丈夫。ちゃんと考えてあるから」


 ほーんと気の無い返事をするスタールだが、その実、興味があるようだ。食器を置いて、トキワの方へ向き直る。


「一緒に飯まで食った手前、放り出して死なれたら目覚めがワリぃ。この後その考えって奴を見せてくれよ」

「ん-、まあ、私は大丈夫」

「トキワ君がいいなら、私も……」


 スタールとしてはそれが誰にでも出来る事か気になるのだろう。場合によっては仕事場を荒らされかねないのだから。とは言え、先ほど言った内容も唯の建前ではなく本音と考えて良いと私は思うが。


「じゃあこれ食い終わったら早速行こうぜ。外仕事用の門まで案内してやるよ」


 一時間後、トキワとシュアンはギルドの前でスタールを待っていた。彼にも準備があるとかで、一度別行動をしていたのだ。


「よお、待たせたな」

「全然。依頼とか見てたし。それで、横の方は?」


 ああ、うん。今回は駄エルフ好みの人物は出てこないと思っていたのだが、判断が早すぎたらしい。

 スタールに問いかけながらトキワの視線を向けていた先は、彼の隣。その視線に勘づいたシュアンは気が気で無いようで、一歩前に出て遮るか思案している。


 ここまで言えば、どんな人物がいたか、大まかには分かるだろう。


(ゆるふわ人魚のお姉さま!)


 という訳だ。とりあえず駄エルフ、涎は拭いた方が良いぞ。


「こいつは俺の娘だ。傭兵としてある程度戦えるし、何かあった時の備えで手伝ってもらおうと思ってな」

「エルです。よろしくお願いします」

「え?」


 駄エルフの顔が親子二人の間を何度も往復する。


「えぇ!?」


 ほら、二人が困った笑みを向けているぞ。


「ええー----!?」


 こうして本日二回目の駄エルフの叫びがカンナヅの街に木霊した。騒がしいやつだ。


(うぬぬ……、娘さんいたんだっていうか似てないっていうか世界って不思議っていうか……)


 口に出してないだけ駄エルフにしては分別があるか……。気持ちは分からんでもないが。下半身の色が赤で同じな点を除けば共通点は見つけられない。


(まあ、関係ないよね! とにかくお近づきにならないと!)


 なぜ義務のように言うのだこの駄エルフは……。


「お義父さ、じゃなくて、スタールさん、晩御飯もぜひ一緒に食べましょう!」

「お、おう。いや、構わんが……」

「お義父さん……」


 シュアン、強く生きてくれ……。


 そんなこんなでグダグダやりつつ一行は門を目指す。街の中は結界に覆われる事もなくただ海中にあった頃の名残か、坂が多い。傭兵としてそれなりに体力のある二人は問題ないが、そうでない観光客は苦労するだろう。

 ちなみにエルは街中に張り巡らされた水路を使って移動をしていた。

 駄エルフが今現在の自分の性別を忘れているという問題はあるものの、門に着くころにはエルともすっかり打ち解けていた。


「お疲れさん、ちょいと通るぜ」

「スタールのオヤジ、今日は親子で仕事か? 珍しい。気を付けて行けよ」

「おう」


 タツノオトシゴのような門番はスタールの後ろを付いて行くトキワ達には一瞥しただけで何も言わない。本当ならば彼らの様に水中呼吸の出来ない種族のものを止めるのも仕事なのだろうが、スタールは相当に信頼されているらしい。

 まあ、ランクで言えばトキワ達よりも上の金ランクだ。一都市国家内で考えれば最高ランクの傭兵でもおかしくは無い。然もありなん。


「さて、門を超えて少し行けば、もう結界の外、お前らは息が出来ない海中だ。準備は良いか?」

「うん! 問題なっし!」


 自信満々のトキワだが、はてさて、どう対応するのやら。


「周辺の安全確保は任せてくださいねー」


 エルが一足先に海中へ出て、スタールが後に続く。それから辺りを確認する素振りを見せた。


「来な」


 魔力の流れからして、もう魔法は使ったようだ。トキワはスタールの言葉に頷いて、意気揚々と結界と外海の境へと歩く。


 はてさて結果は……。


「目が、目ぇがぁっ……!?」


 結界内の地面でのたうち回る駄エルフが一人。


 一瞬外に出てすぐ結界内に飛び退いたので、呼吸以前の問題だったらしい。


 スタールが呆れ、シュアンとエルが困った様子で彼を見つめる。

 

 うん、まあ、そうなるであろうな。海中なのだから、当然辺りを満たすのは海水だ。海水が目に入れば痛い。彼の元いた世界なら、幼子でも知っている。

 やはり駄エルフは駄エルフか……。


「だ、大丈夫……?」

「だいじょうぶ……」


 息も絶え絶えの駄エルフを、シュアンが少し引き気味に覗き込む。


「ま、まだだよ……! まだ手はある!!」


 本当に大丈夫か? 目が真っ赤で怖いぞ?


「スタールさん、トキワ、行きます!」


 再び何かしらの魔法を使い、トキワが駆け出す。

 勢いを付けたところで結果は変わらないと思うが……。


 彼の使った魔法の効果は、海中に出た瞬間分かった。なるほど、船が潜航する際に使われたのと同じ魔法か。トキワの頭部を空気の風船が覆っている。


 成功か、と思ったら、駄エルフは天敵に襲われた海老の如く結界のうちに飛び戻った。


「ぐぉぉおおおっ! これが、重力っ……!!」


 そして再びのたうち回る駄エル(略)


「おい、ホントに大丈夫か……?」


 流石に心配になったのか、スタールとエルが結界内に戻ってくる。

 しかし、今度はどうしたのだ?


「す、水圧のこと、忘れてた……」


 ああ、なるほど。カンナヅの街があるのは深海だったな。海中に適応した種族なら兎も角、陸で生きる人間種族には辛いか。


「なぁ、諦めた方がいいんじゃねぇか? 無理にここで仕事しなくても、一週間楽しんで、次の街で稼げば良いだろ?」


 尤もだ。急ぎ稼がねば理由もなかろうに。


「そうだけどさ、せっかくの機会じゃん?」

「そんな理由でか?」

「うん、そんな理由だよ。自由に生きられるんだから、こういう機会を逃すなんて勿体無い。私は、全部やってみたい。それで後から、あれは楽しかっただとか、大変だったとか、言いたい」


 ふむ、そうか。彼は、トキワとなる以前の彼女はその短い生の殆どを寝床の上で過ごしたのだった。

 この私すら忘れていたよ。彼が余りに明るく、楽しげに生きるものだから。


「だから、まだ諦めないよ。今ので目処はたったしね!」


 そうだな、こんなトキワだからこそ、精霊たちも一層の力を貸すのだ。私も、手を貸したのだ。


「スタールさん、もう一回お願い!」

「……おう。来な」


 再び海中に戻った二人へ向けて、トキワが駆ける。三度目の正直だ。

 果たして、結果は……。


「――!」


 成功か。今度は慌てて戻る様子もない。

 先ほどは頭だけを空気の膜で覆ったのがいけなかった。直接海中にあった首から下が水圧の影響を受けたのだ。

 全身を空気で覆った今、彼の体が水圧を受ける道理は無い。


 嬉し気な笑みを浮かべ、シュアンを呼ぶ。エルとスタールも笑みを浮かべ、頷いた。


「――! ……――?」


 だが声は伝わらないようで、トキワは首を傾げる。


「ああ、そういえば言ってなかったな。俺たちが海中でやり取りする時に使う魔法があるんだ。教えてやるよ」

「――!」


 同じように自信を空気の膜で覆ったシュアンと共に魔法を教わる。魔法自体はそれほど難しいものでは無い為、二人ともすぐに覚えた。


「あーあー、聞こえますかー?」

「うん、聞こえてるよ」

「おー! 海の中で喋るって不思議な感じ!」

「そう、だね」


 ニコニコと話す二人を見つめるスタール親子の視線は優しい。

 余談だが、この魔法と同じ効果の魔道具が安価で売られている他、ギルドでも貸し出しを行なっている為魔法を使えないものでも苦労はしない。


「あんまりはしゃいで、海流に流されんなよ」

「はーいっ!」


 普段泳ぐようにして海中を動き回るトキワ。興奮しながらも常設の納品依頼にあった物が無いか探して回っている辺り、なんだかんだで強かだ。


「まあ、お前らが水中でも問題なく活動できる事は分かった。あとは戦闘の方だが……」

「そっちは大丈夫! 私たち魔法がメインだし!」

「陸とじゃ使える魔法も変わるだろ。一応試しておけ」

「そうだね!」


 ふむ、残念ながら得意の風や火の魔法が使えなくてアタフタする姿は見られそうに無いか。最終的にはどうとでもするだろうから楽しみにしていたのだがな。


 まあ良かろ――


「トキワ君!?」


 なんだ!? どうした!?


「目が回るぅうぅうぅ〜〜!?」


 いや、どうしてそうなった?

 どんな魔法を使えば縦向きにそんな高速回転する事になるのだ?

 本当に駄エルフは駄エルフだな……。


「か、風の魔法を色々試してた、うぷ……気持ち悪い……」

「だ、大丈夫……?」

「こんな所で風を起こす魔法を使えば、そりゃあ変な流れも出来るわな」


 確かに、周囲には岩であったり街を覆う結界であったり、障害物が多い。


「それ系を使うなら塊をぶつけるようなのだけにしておきな。ちなみにお勧めは氷系の魔法か魔力の刃で戦う方式だ。それなら剣でも戦える」

「そう、する……うぷっ」


 本当に大丈夫なのだろうか、この駄エルフは……。


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