第9話 運命の出会い


 灰色の壁の内側、多くの店と人とで賑わうフミヅの待ちの中央通り。初めて都会にやってきた田舎者よろしく、辺りをキョロキョロしては金色の瞳を輝かせる若草色の髪の少年がいた。我らが駄エルフこと、トキワである。


(うわぁ! こっちじゃ初めての大きな街だよ! 都会だよ! あっ、あの髪飾り可愛い!)


 元々日本の、比較的大きな都市に住んでいたトキワからすれば、フミヅは“田舎の少し大きめな街”という程度でしかないだろうが、それでも街は街。それもこの世界にきて初めての街であるのだから、彼が興奮しているのは無理もないことだろう。


(うーーーん……でも、どうしよう……?)


 ふむ? 何やら早々に悩んでいるようだが……。


(お姉様とキュートガールが多すぎて、選びきれない……)


 …………どうやら真面目に心配した私がバカだったようだ。いや寧ろ、これでこそ駄エルフと言うべきなのだろうか……。


 そんな事を考えながらトキワがまず向かったのは、フミヅの街の傭兵ギルド。

 まあ、傭兵が新しい街についてすぐギルドへ行くのは基本だろう。情報収集的にも、ギルドに自分の所在を示す手続き上にも。


「たのも~う!」


 それは毎回やるのか?


(むぅ、ここの人たちは殆ど無視なんだ……)


 無視されるのは流石に寂しいらしいな。


(まあ、お姉様はいないし、別にいいかな!)


 だから基準な。


(さて、受付嬢さんは……犬耳おっとりお姉さん、だね。好みとは違うかぁ……うん、今回はパスで!)


 ……いや、これに関してはもう何も言うまい。はぁ。

 

「こんにちはー。さっきミナヅの町から到着しました!」

「はい。……銅ランクのトキワさんですね。ギルドカードをお返しします」

「ありがとうございます!」


 これで事務的に必要な手続きは終わり。あとは情報収集だが……。


(とりあえず、いい宿とお店のことは聞いておかないとね! ……ん?)


 いつもなら、そのまま受付を離れていく駄エルフにこの駄エルフめと呆れるところなのだが、今回はそこまで言うつもりもない。


「ねえ、さっきからため息ばっかり吐(つ)いてるけど、何かあったの?」


 トキワがそう声をかけたのは、茶色い瞳の垂れ目で茶色い癖っ毛の垂れ耳を持った犬獣人だ。

 

「……え、僕ですか?」

「そ」


 犬獣人は急に声を掛けられ、窺うような、少し警戒した視線をトキワに返す。しかし声をかけてきた相手が自分と同じ年くらいの少年エルフだとわかると、ほっと息を吐き、体を向き直った。


「……特に何かあったわけじゃないんですけど、なかなか仕事がうまくいかなくて」

「ふーん。……私と同い年くらいだよね? 木札?」


 随分と積極的に踏み込んでいるな、この駄エルフ。しかしまぁ、今は何も言うまい。


「いえ、僕、少しだけ魔法が使えるので……」

「それなのに上手くいかないんだ。なんで?」


 そう問い詰めるトキワの顔は、先ほどから少し険しい。……駄エルフのやつ、感づいているな?


「…………」

「まあ、答えられないんだったらいいけど……。じゃあさ、明日、一緒に依頼受けてみない?」

「……え? 僕とですか?」

「うん!」


 会ってすぐ、いきなり一緒に仕事をしようというのは、そもそも依頼が複数の集団、パーティで共同して受けるものでもない限り、傭兵にとって非常識ではある。命の危険がある仕事であるし、街の外では、何をされようと助けを求められない、事故だと言えば罪にも問われないなんて状況になるので、信用のない相手と組むのは非常に危険なのだ。彼らのようにソロ同士だとなおさらである。


 これを聞いた犬獣人は、もちろん再度警戒を強めた。これは仕方のない話だ。


「私も魔法が使えるからさ、一緒に行けば、たいていの銅ランク依頼は達成できると思うんだよね!」


 銅ランク依頼というのは、銅ランクの実力がある傭兵に推奨される依頼のことだ。別に銅ランクでも、下のランクの依頼を受けることはできる。しかしそれではそのランクの傭兵の仕事が無くなってしまいギルドからいい顔はされないし、昇格のための貢献度もあまり得られない。


 と、そんなことは今はいい。問題のトキワの言葉は、あっけらかんとしていた。あまりにもあっけらかんと言うので、犬獣人の方も警戒するのがばからしくなったらしい。目をぱちくり、キョトンとしている。

 それから少し考える様子を見せた後、口を開いた。


「…………いいんですか?」


 ……なにやら受け入れる様子だな。大丈夫か? 本当に。こいつは駄エルフだぞ?

 

「もっちろん! それじゃ、明日の朝ね!」

「はい……!」


 ああ、許諾してしまったか。いや、わかっていたことだし、反対もしないのだが、ほら、相手はこの駄エルフだから、少々心配になってしまったのだ。

 見た目も駄エルフの好みとも一致するのが、より一層不安を掻き立ててしまう。今もかなり上機嫌でギルドを出ようとしているしな……。


 ……まあ、大丈夫か。不思議なことに、駄エルフは本能でそのことを嗅ぎ分けている。まだ意識的に理解しているわけではない、どころか思いっきり勘違いしているが、本能が理解しているなら間違いを犯すこともあるまい。


「あっ!」


 ん? トキワのやつ、犬獣人の方に戻って行くな。


「あなたの名前と、あといい宿教えてくれない?」


 ……違う不安の方が大きいかもしれないな。

  

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