夢の中・掌・求める
冬野原油
三題噺 4日目
ホームセンターのペットコーナー中央、水生生物の置かれた場所に、三朗はいた。カメの三朗は、魚たちのことを水も知らずに死ぬような愚かなやつらだと思っていた。
あいつらはなんも考えちゃいない。だらしなく口を開け閉めしながら意味なく泳ぎ回り、店員たちの掌をエサと思い込んで追い、争い、エサを取り合う。震わせる空気がないから声も持たない。見よ、あの知性の欠片もない虚ろな目を。生まれた時から死んでいるようなものだ。酸素を送ってもらわねば維持できぬ命、水を替えてもらわねば泳げぬ体。まだ眠っているときの私の方が有意義だ。
三朗はよく夢を見た。そのなかで三朗は誰よりも大きな体を持ち、あの先へ進めない透明な壁すらもゆうに乗り越え、世界のすべてを知ることができた。
それにしても、あのよく動く大きな生き物にも腹が立つ。三朗という名があるにもかかわらず、かめ、かめと私を呼ぶ。私がそれに抗議しようとも理解できない哀れな生き物。この身の寿命はお前たちを越えるだろう。今はここが私のすべてだが、いつかは夢の中の私のように、そうだ、すべてをこの目に収めるのだ。
ここにふと通りかかった神様がいらっしゃいました。三朗の声なき声をお聞きになった神様は、彼に、あわれみをかけてやることにしました。つ、とその掌をケースにかざすと、三朗だけを地に下ろし、次のように申されました。
「その身に余る求めのままに生きてみよ」
三朗は特別な自分に与えられた特別な機会に胸を躍らせ、新しい世界への第一歩目を、力強く踏み出しました。
おかーさん、みて! かめひろった!
カメ? やだ、死んでるじゃない。ペットショップから逃げちゃったのね。店員さんに渡してきなさい。
えーおかーさんがゆって!
お母さんまだ買うものあるから。そのままペットショップでいつものわんちゃん見てていいから。レジ行く前に迎えに行くから。もう小学生になるんだから、店員さんとも一人で話せるでしょ?
んーわかったぁ。
夢の中・掌・求める 冬野原油 @tohnogenyu
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