真夜中の世界

風鈴はなび

真夜中の世界

ガシャン!

シャッターに人が飛ぶ。閑静な街に、雷でも落ちたかのような音が鳴り響く。


「ペッ…口ほどにもねぇな!雑魚は雑魚らしく家にでも籠ってゲームでもしてな」

喧嘩を吹っ掛けてきた奴に唾を吐き捨て、目的の場所へと向かう。

雨がネオンを鈍く光らせる。

秩序も優しさもない真夜中の世界は弱者に厳しく強者に優しい、そんなどうしようも無い街を1人の悪党が闊歩する。


「悪ぃ悪ぃ遅れたわ」

どこにでもあるような廃墟ビルの一室に反省のはの字も無いような声で入る。


「はぁ…どうせまた喧嘩でもしてきたんでしょう?全く…子供じゃないんですから大人しくしてくださいよ九十九さん」


「ちげぇよ!今回は相手から来たんだって!」


「始まりがどうであれ、相手を殴り飛ばしたらそれは喧嘩です。わかりましたか?」

眼鏡をかけた知的な悪党は、冷静に正論で詰めてくる。

"わーったよ"なんてやる気のない返事をし、早速本題に入るのだった。


「で、今回の依頼はなんだ?前回みたいな塩っぱい報酬に見合わねぇ面倒臭いのは勘弁だぜ?」


「今回は前のものとは違います。…貴方にとっては簡単で報酬も多い、そんな依頼です」

"ヒュ〜"と口笛を吹き、机に座り話を聞く。


「いいねぇ、そう来なくっちゃな。そうだろ?相棒」


「そうですね、それと相棒じゃありません。壱弥です」

眼鏡をクイッとあげて、椅子から立ち上がり俺が座っている机に書類を並べる。


「この人物が今回のターゲット、もとい依頼人です」


「ターゲットで依頼人?どーゆーこった」


「先月、とある金持ちから依頼をされているという事は話しましたよね?」

相槌を打つと更に話が深掘りされていく。


「それがこの、レイテルさんです。依頼の報酬欄には、"とある人を連れてきて欲しい、そうすれば言い値で金を出そう"と…」


「へぇ…レイテルって言えばこの辺りじゃ有名な遊び人じゃねぇか。金に物言わせりゃ蝿みてぇに女が寄ってくるだろうにな…で、誰をお探しなんだい?このお方はよ」

書類を見ながら羨ましさマックスの愚痴を垂れる、ソファーに目線をやると壱弥は大きなため息をつきながら煙草に火をつけて深刻そうな顔で天井を見上げていた。


「…どったのよ」


「どうもこうもありません…その人が探しているのはあなたもよく知ってる人ですよ」


「はぁ?女に知り合いなんかいねぇけどな俺」

脳みその奥まで記憶の引き出しを漁るも名前を覚えてる女なんていない。

​────いや、1人いる…けどそれは…


「もしかしてよ…その女ってお前さんだったりする…?」

そう、目の前にいる壱弥は過去に1度ちょっとした依頼で女装をしたことがある。

もし俺の推測が正しければ…レイテルが探してるのは壱弥が女装した時の…?


「ふぅ……ご名答です」


「ぷ…グフッ…悪ぃ…ゲホッ…咳が…よ…?

…んふっ…ぶは、ブハハハ!!!」


「…殺しますよほんとに」


「だって、だってよ!こんなの笑わねぇ方がおかしい…だはははは!」


「…はぁまさかまた女装するとは思いませんでしたよ」

確かに壱弥の女装は"ガチ"だ。

身長もちょうどいいし、スタイルもいい…それになによりめちゃくちゃ似合ってる。

だからこそ、いつもの壱弥を知ってると面白くてしょうがないのだ。


「結局女装するんだろ?衣装とかあんの?」


「今月ピンチですからね、衣装はありますよ」


「気に入ってんじゃん」


「勘違いしないでください。高かったので捨てるに捨てれてないだけです」


「それでぇ?女を連れくのは依頼だろ?でもそいつはターゲットでもあるんだよな?」

そう壱弥が女装するのは依頼のため、それとは別にターゲットであるとも言っていた。


「えぇ…私がレイテルさんといる間に九十九さんは屋敷に侵入して金目のものをできる限り盗ってください」


「まぁそうなるわな!よし頑張って時間稼げよォ相棒」


「相棒ではありません、が時間稼ぎは任せてください。そちらこそできる限り盗ってくださいね?」

その後は計画と侵入通路の作戦を立てて、ソファーに寝転がり夢の世界へとダイブした。



「さぁて…こりゃ盗みがいのあるお家じゃなの!時間稼ぎ頑張れよ…相棒!」

壱弥はもう家の中に招かれている。

その過程でとある部屋の窓を開けているはず。


「このマークは開いてる窓のマーク…おっ邪魔しまーす…」

うっし…潜入成功!それじゃバリバリ盗みますかぁ!


〜その頃壱弥〜


「やっと出逢えたね、壱弥ちゃん…」


「…えぇそうですね、私のためにここまでしてくれて嬉しいです」

嬉しいわけがないでしょう…!ぶっ飛ばしますよ…!?

…でもまさかこんなにあっさり入れるとは思わなかったが、それも僥倖…!

少しでも時間を稼ぎ、あらかた盗んだ所で逃げればいい。連絡が来るまで耐えるのみ…!


「それで、なぜここまでして私のことを探してくれていたんですか?」


「それはねぇ…私君のことを好きになってしまったんだ。それでいても立ってもいられなくてねぇ…」


「そうなんですか…私のどんな所を気に入ってくれたんですか?」


「どんな所かぁ…一目見ただけでわかる上品さとか…後は綺麗で長い髪、その他にもね…!」

1秒でも長く会話をするんだ…そうすれば最悪の事態なる前に九十九さんが知らせてくれるまでの時間を確保できる。


「こんな所かなぁ…」


「そんなに私のことを見てくれているなんて…私とっても嬉しいです…!」


「そんな素直な所も可愛いなぁ」

正直言って今すぐにでも逃げ出したい…

でもこれを耐えれば、生活に困ることは少なくなる。そのためならいくらでも耐えてやる…!


「それで…これからどうするんですか?お外はもう暗いですし、それに昨日に続けて雨も降っていますし…」


「確かに外はダメだね…じゃあ家で出来る事…しよっか」


「…わかりました」

やってしまった…!早く逃げたいがあまり会話を飛ばしすぎた!

どうする壱弥、まだ九十九さんからの連絡はない…マズイぞ


「少しお化粧直しをしてきますので、待っていてください」

そう言って部屋を出てトイレを目指す。

そこで連絡を取り状況の進み具合を確認する。

…これで時間稼ぎと段取りを決めるための猶予ができる。


「ふぅ…九十九さん、聞こえますか?」


「おう聞こえてるぜ、どうしたなんかあったか?」


「いえ、こちらは問題ありませんよ。そちらの進み具合はどうですか?」

出来ればもう終わっていてくれ…そうすればこのまま逃げればいいだけなのだから…!


「あー…トラックで運んだりもするからなぁ…まだあと30分はかかっちまう…すまねぇ急いで終わらせるから待っとけよ相棒!」

ピッ…

最悪だ…あと30分、いけるか?

いや…もういけるいけないの話では無い、やるしかない…!


「くっ…!でもどうするべきか…シャワーで何分稼げるかが鍵だな…」

脳みそをフルに使い策を講じる。

30分という今の自分にとってはあまりにも長い時間をどう稼ぐかで思考を埋める。


「…失礼、今戻りました」


「それじゃ…行こうか」


「…はい」

まず私からシャワーに入り15分は稼ぐ、その後この男が何分シャワーに入るか…それが1番大事だ。

頼みますよ…九十九さん…!


〜その頃九十九〜


「アイツほんとに大丈夫か…?」

いそいそと金目のものを物色しては袋に詰めてを繰り返す。大きかったり重かったりするものは予め盗んでおいたトラックの荷台に乗せて、既に運搬済み。但し積むのに時間をかけすぎたかもしれない…すでに壱弥と連絡をとってから30分は経っている。


「おし…こんなもんだろ」

袋をサンタクロースみたいに担ぎこの広い家で壱弥がいる部屋を探すために尽力する。


「どこだ…間に合ってくれ…!」

もしかしたら最悪の事態もありえる…そんな考えが頭をよぎった時、明かりの漏れる部屋を見つけた。

部屋を覗くと壱弥がレイテルに迫られているのが目に入る。


「おい…!もういいぞ…!」

壱弥のメガネに仕込んだ通信器に声を届け、目線を送る。


「…わかりました。では少し目を瞑って貰えますか…?私がリードしたいので…」

ドアを開け、壱弥の一言で目を瞑ったレイテルの側頭部を後ろからバールでぶん殴る。

ガンッ!

鈍い音が部屋に響く、がこの程度の威力で人は死なないことを俺は知っている。


「ふー!セーフセーフ間に合ったァ!」


「ほんとによく間に合いましたね…間に合ってなかったら終わってましたよ、色々と」


「すまんすまん、その代わりと言っちゃなんだが見ろこれ!結構な量だぜ」

慣れた手つきで気絶したレイテルを縄で椅子に縛り付ける壱弥に、今回の収穫を知らせる。


「おぉ…この他にも相当な物を運んでいるのでしょうから、これで当分は遊んで暮らせますね」


「だろだろ!後は金庫の暗号さえ分かれば…」


「それを今から吐かせるんでしょう?」


「正っ解!」

その後はレイテルが目を覚ますまで、椅子に腰をかけてのんびり壱弥と過ごした…



「…はっ!」


「おっ!ようやく目ェ覚ましたなこのスケベオヤジ」


「お前は壱弥ちゃんを連れてきた時の男?!貴様…俺にこんな事してどうなるかわかってんのかァ!」


「さぁ?知らねぇし興味ねぇよ成金タヌキ

…それよりお前、金庫の番号知ってるだろ?教えてくれねぇか?」


「だ、誰がお前なんかに教えるか!それより壱弥ちゃんはどうした!?俺の女は!?」


「なにこの期に及んでまだ気になるの?もう面の皮剝いじまったからここには居ねぇよ」

嘲笑しながら吠えることしか出来ない金持ちに詰め寄る。

こんなの傍から見たらマジで悪党だな…

まぁこの街じゃ生殺与奪の権利を握ったやつが正義だからどうでもいいけど!


「それよりさっさと番号吐けよォ…じゃねぇとその目ん玉、間違って潰しちまいそうだ」


「やれるものならやってみ…」


「ほい」

やり方は伏せるが両目を潰し視力を奪う。

これで吐かなかったら次はベロだな…


「ぎぃあぁぁぁぁぁ!!!!」


「うっせぇな…あんまうるさくすると次はそのベロ引っこ抜くぞ?」


「わかった!金庫の、番号は0205だ!言ったぞ!言ったから早く逃がしてくれぇ!」


「おっサンキュー!じゃあもうお前用済みだわ、じゃあな」

これで生かしておく理由もないし、さっさと金庫から金を取ろう!


「おい、置いていくなぁ!縄をほどけぇ!!」


「…レイテルさん、大丈夫ですか?」


「この声は…壱弥ちゃん!?まだ居たんだね、この縄解いてくれないかな!」


「少し待っていてください…この縄思ったよりも太いのでハサミを探してきます」


「ハサミなら、ここの引き出しの中に入ってるから早く解いてくれ!」


「わかりました」

引き出しを開けるふりをして用意しておいた銃を取り出す。準備は万端、後は引き金を軽く引くだけで人はあっという間に肉の塊になる。


「それよりもさっきの続きがまだでしたね…」


「今そんなこと言ってる場合か!助けてくれたら幾らでもやるから早く解け!」

騒がしいタヌキの声を無視してそっと耳元でそっと囁く。


「私の唇は人より少し冷たいんですよ?」


「お前何を言って…?!」


「…チュ」

バンッ!

引き金をまるで呼吸をするかの様に引く。

銃口と触れ合っていた唇の持ち主は、もはや椅子に縛られた肉の塊になっていた。


「ふぅ…さて帰りますか」

冷酷無情なメガネの悪党は、血飛沫で染る部屋に別れを告げてもう1人の悪党の元へと向かうのだった。



「いやぁ!今回は楽ちんだったなぁ相棒!」


「はぁ…それは九十九さんだけですよ。したくも無い女装をしていた私にはハードな依頼でした」


「ほんとかねぇ?結構楽しんでる風に見えたけどな俺にはよ」


「…もう何も言う気になりません。それよりその袋の中身、全部売ったらかなりの額になりそうですね」


「そうだよな、結構重てぇし。それよりさ俺こんなん見つけちゃって!」

そう言って広げた左手には、向日葵のバッチと太陽のバッチがキラキラと輝いている。


「俺これ気に入ったからお互いに付けとこうぜ」


「まぁ見た感じそんな高そうでもないですし、私もこの向日葵の柄は気に入りました。ありがたく貰いますよ」

絶対壱弥ならこういうと思っていた。もうかれこれ10年以上一緒にこの無法な街でなんでも屋をやっているから壱弥の事なら大抵わかる。

恐らく壱弥も俺のことは大抵わかるはず。


「それにしてもあんな金持ち殺っちまって良かったんかねぇ…俺ら普通にやばくね?」


「まぁ、今までみたいに何とかなりますよきっと」


「…それもそっか!ヤバくなったらそん時は助けてくれよ?な、"壱弥"」


「旅は道連れ世は情け…とも言いますしね。こちらこそよろしくお願いしますよ"相棒"」

コツンとお互いにバッチを握った拳を合わせ、ルールも正解もない街を歩く。

2人の悪党を出迎えるのは、絵に描いたような朝焼けの空だった。





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真夜中の世界 風鈴はなび @hosigo_s

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