番外編 家族

 練習用の木剣が当たる鈍い音が響く。

 ここはどこだろう。屋外のようだ。


「隙ありっ!」


 幼い声とともに自分の手に衝撃が走る。衝撃で自分の手に持っていた練習用の木剣が吹き飛んだ。

 なぜ、私はこんな小さな木剣を持っているんだ?


 おかしい。私がこんなに弱かった時はあっただろうか。思い出せない。


「フレイヤ、私の勝ちだ」


 目の前には幼い兄がいた。おそらく、授業で剣を習い始めたての七歳の頃だろう。

 思い出した、無理矢理相手をさせられたことがある。

 あの時は思っていた。私よりも年上で男で筋肉量もあるのだから、兄が私に勝つのは当たり前だろうにと。


 むしろ、私に負けたら兄として男として恥だと。私は幼いながらに思っていた。

 まさか覚醒して兄に一瞬で勝つようになるなんて思わなかった。実際に勝ってしまったら恥だのなんだのよりも困惑が先に来たが。


 いつも、もしもを考える。

 ブラックウルフの群れに襲われた時、あの馬車に兄が同乗していたら。あるいは、あの馬車に兄だけが乗っていたら。兄が覚醒したかもしれない。


 どうして私だけが覚醒したのか。なぜ、兄は覚醒しなかったのか。

 考えても分からない。


 兄は教えてくれる騎士団長に勝てないが、幼い私には勝てたので少し得意げに座り込んだ私に手を差し出してきた。

 でも、幼い私はたかが一度剣を吹き飛ばされただけで泣いているようだ。そうすると、兄は途端にバツが悪そうな顔をする。


「悪かったよ、フレイヤ。ごめんな。でも、剣を振るう王子の方がカッコいいだろう?」


 必修授業の癖に、そんなバカなことを言う兄は幼い私の頬を慰めるように撫でる。

 私に負けて、徐々に剣など握らなくなったくせに。何がカッコいいのだろう。

 心の中でそんなことを思いながらも、兄の手は優しかったので振り払えなかった。



 目を開けると、目の前に綺麗なつき方の筋肉が見えた。


「お目覚めですか?」


 私の頬を撫でていたのは幼い兄ではなく、隣で眠っていたはずのジスランだった。

 なぜ?という疑問が顔に出ていたのか、あるいは鋭敏な彼が私の心を読んだのか。


「うなされていらっしゃいました」

「……そうか。悪いことをした」

「陛下の寝顔を見るのは私の特権ですから」


 目を細めたジスランの軽口に答えずに、彼の胸に顔を寄せる。


「嫌な夢でも見ましたか?」

「私を裏切った兄の幼い頃の思い出だ」

「エルンスト元第一王子ですか」


 そういえば兄はそんな名前だった。エルンスト・ウィンナイト。


「私を裏切った家族のことなど夢でも思い出したくない」

「私には家族がいないのですが、陛下の夢にまで出てくるお兄様には嫉妬を禁じ得ませんね」

「いっそ、幽閉ではなく殺していれば夢も見ないだろうか。明日殺そうか」

「とりあえず、陛下の夢に勝手に出たことで迷惑料でも請求しますか」

「そなたは根っからの商人だな」


 彼の胸に顔を埋めているので表情は見えないが、ジスランが笑った気配がする。


「そなたにとって養父は家族ではないのか。あの強そうな会長だ。彼がもう少し若ければ私の部隊に勧誘していた」

「養父には実子がたくさんいましたからね。引き取られた唯の孤児が家族を名乗るのはおこがましいことです」


 彼はあまり家族の話をしたくないのか、あるいは会長の話をしたくないのか。私の頭に手を置いて誤魔化すようにゆっくり撫でた。


「これから、そなたと私は家族ということになるのか」

「……あぁ、なるほど。関係上の呼称はそうなりますね」

「嫌なのか」


 やや回りくどい貴族的な言い方に私は引っ掛かる。

 また彼が笑った気配がした。少し困惑の混じった笑い方だった。


「……家族というのが慣れない響きでしたので。嫌なのではなく、異国の言葉に聞こえました」

「そなたが裏切らないなら、私はそれでいい」

「こんなに近くで鼓動の音を聞いているのに、そんな発言をされるとは。よほどお兄様の夢見が悪かったのですね」


 広すぎるベッドでくっついておいて、裏切る・裏切らないはないということを言いたいのだろう。


「私の武器商人」

「はい」

「私の王配」

「はい」

「私の夫」

「はい」


 彼との関係を一つずつあげつらっていると、今度は困惑した笑いではなく本当に笑っている。彼の胸から顔を離して表情がよく見えるよう見上げた。


「私の、唯一の家族」


 その言葉にだけ、彼は唇をすっと結んだまま困ったように笑った。

 私はジスランの頬に手を這わす。


「ジスラン、そなたは私のものか?」

「はい、陛下。私の過去も未来もすべてあなたのものです」

「では、そなたはこれから私の家族だな」


 その答えに満足して私は彼の頬にキスをした。ジスランは頬に添えていた私の手を取ると、ゆっくり自分の口元まで持っていく。


「今度は私の夢を見てください」

「夢で恋しがらなくても目の前にいるではないか」


 私も笑って彼の胸元にまた顔を寄せて目を閉じる。

 彼の温かさを感じているともう兄の夢の不快感はなかった。

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