第11話 台所に立つ少女


 それから無事に買い物終えた俺たちは、俺の住んでいるマンションへと戻っていた。


 そして、詞はうちに着くなりさっそくエプロンをかけて、台所に立つ。


「……」


「え、なにかな?」


 俺はそんなエプロン姿の詞を前に、思わず魅入ってしまっていた。


 途中、詞は俺の家に戻ってくる前に、家で使っているというエプロンを取りに家に戻った。


 その時点で詞のエプロン姿に期待していたのだが、その期待を軽く超えてきたな。


 制服の上からかけている、薄い桃色のエプロン。


 ボーイッシュな雰囲気ががらりと家庭的な雰囲気に変わり、その緩急に俺は胸をきゅっとさせる。


 ……まさか、制服とエプロンの組み合わせがここまで破壊力があるとはな。


「きーくん?」


「ん? ど、どうした?」


「どうしたじゃないよ。きーくんがどうしたの? じっと私を見て」


 詞はそう言うと、少し不安そうに俺を見上げる。


 俺は詞に言われて、慌てて目を逸らす。


 すると、詞はそんな俺を見て首を傾げてから、何かに気づいたような声を漏らす。


「もしかして、きーくん。エプロン姿が好きなのかな?」

「っ」


「ふーん、そうなんだぁ」


 詞は俺が何も言えずにいると、確信を得たのかニヤッと笑う。


 それから、詞はからかうような表情で手を後ろ手に組む。


「ねぇ、きーくん。好きなの? エプロン姿」


 詞はどこか嬉しそうに目を細めて、余裕げな表情で俺をじっと見る。


 まずいな。ここで俺が詞に見惚れていたなんて正直に言えるわけがない。


 そんなことを言ったら、詞をバリバリ異性として意識していることがバレてしまう。


 でも、ここから無理やり誤魔化すのは難しいだろう。


 どうしたものか……。


 俺はそんなことを考えてから、詞からの視線に耐えかねて、諦めるように小さく息を漏らす。


「ああ。好きだな、エプロン姿」


「え、」


 俺が正直にそう言うと、詞は目をぱちくりとさせる。


 俺は詞の一瞬の見逃さず、詞の肩に手を置いて言葉を続ける。


 詞が微かに声を漏らして顔を赤くしているのをそのままに、俺は言葉を続ける。


「家庭的な要素がプラスされて、普段は見ることができない一面を見ている気持ちになる。だから、好きなんだ」


「す、好きって。き、きーくん、私たち男友達――」


「二次元キャラのエプロン姿って、なんかいいよな! ぐっとくるものがある!」


 俺が勢いに任せるようにそう言うと、詞はあわあわとしてから眉を潜める。


「ん? に、二次元キャラ?」


「ああ。詞もアニメとかで何度も見たことがあるだろ? 家庭科の授業で料理をしたり、主人公の家に遊びに来て料理をしたりするヒロインたちを。ああいう回って、結構好きなんだよなぁ」


 俺が詞の肩から手を下ろして、感慨深げにそう言っていると、詞が何かに気づいたような声を漏らす。


「え、まって、きーくん。さっき好きって言ったのも、二次元のキャラのエプロン姿のこと言ってたの?」


「ああ。もちろんだ。詞のエプロンを見て、思い出してな」


 俺が当たり前のことのようにそう言うと、詞は何か言いたげな目で俺を見る。


 まだ少し怪しまれているか?


 俺がそう考えていると、徐々に詞の表情はむくれていった。


「ぐぬぬっ」


 おかしいな。なぜまた不満げなんだ?


 俺がそう考えていると、詞はぷいっと俺から視線を逸らして、台所に向かい合うように立つ。


「ふーん、別にいいけどね! じゃあ、夕食作るからきーくんはリビングに行ってて!」


 詞はそう言うと、それ以上俺に言及することなく、夕食を作り出す。


 これは、上手く誤魔化せたってことでいいのかな?


 俺はそんなことを考えながら、もう少しだけ料理をしている詞の後ろ姿を見ることにした。


 ……やっぱり、女の子のエプロン姿っていいよなぁ。


 そんなことを考えながら。

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