第15話 影の源

広間の奥から聞こえてきた不気味な音が、エリオットとアイリスの神経を一瞬で張り詰めさせた。影を封じ込めたはずの儀式が終わったばかりのはずだったが、その音はまるで何かがまだ完全に終わっていないことを示唆していた。二人は祭壇の前で顔を見合わせ、無言のうちにその音の正体を確かめるために歩みを進めた。


広間の隅にある石壁が、微かに揺れているように見えた。そこには、古びた壁画が描かれており、王家の歴史とともに秘められた闇の物語が語られていた。エリオットは、その壁画に何かが隠されていると直感し、手を伸ばして壁を押してみた。すると、石壁が静かに動き出し、隠された通路が現れた。


「ここに何が……?」


アイリスが不安げに問いかけると、エリオットは静かに首を振り、彼女を安心させようとした。だが、彼自身もこの先に何が待ち受けているのかは分からず、不安を抱えたままその暗い通路に足を踏み入れた。


通路は狭く、足元には古い石が敷き詰められていた。二人が歩みを進めるごとに、冷たい空気が肌にまとわりつき、背筋に寒気を感じさせた。壁には無数の古代文字が刻まれており、それらはまるで通路を進む者に何かを警告しているかのように見えた。


「リオネル様はこの先に何を隠していたのか……」


エリオットはその文字を見つめながら呟いた。彼はリオネルがすべての影を封じ込めたと信じていたが、この通路が存在するという事実は、まだ何かが終わっていないことを示していた。


やがて、通路の先に重厚な扉が見えてきた。その扉は、何世代にもわたって開かれることなく封印されてきたようで、古代の呪文が刻まれていた。エリオットはその扉に手をかけると、強い抵抗感を感じたが、それを振り払って扉を押し開けた。


扉の向こうには、暗く広がる地下の空間があった。そこは、まるで別世界のように静まり返り、時間が止まったかのように感じられた。中央には、巨大な祭壇が鎮座しており、その周囲には古代の儀式具が並べられていた。


「ここが……影の源なのか……?」


エリオットはその場に立ち尽くしながら、目の前に広がる光景に圧倒されていた。祭壇の上には、漆黒の球体が浮かんでおり、それが微かに脈動しているように見えた。エリオットは直感的に、その球体こそが影の源であり、リオネルが完全に封じきれなかった残滓であると感じ取った。


「この場所は……リオネル様が最後に封じた影の核だわ……」


アイリスが恐る恐るその球体に近づきながら言った。彼女の目には、球体から放たれる暗黒のエネルギーがはっきりと見えていた。それは、先ほどまで戦っていた影とは比較にならないほどの力を持っていた。


「このままでは、影が再び解き放たれてしまう……リオネル様が命を賭して封じたものが、またこの世界に災厄をもたらすことになる……」


エリオットは深く息を吐き、冷静さを保とうとしたが、その場に漂う邪悪な力は彼の心に重くのしかかった。彼はこの場で何をすべきかを考え、リオネルが遺した日記を思い出した。そこには、最後の手段として用意された封印の方法が記されていたが、それには大きな代償が伴うことが書かれていた。


「エリオット、どうするの……?」


アイリスが不安げに問いかける。彼女もまた、この影の核を前にして、どう対処すべきかを迷っていた。しかし、彼女はエリオットの決断を信じ、共にその影に立ち向かう覚悟を固めていた。


「リオネル様が言っていた……影を完全に封じるためには、何かを犠牲にしなければならない……」


エリオットは静かに言葉を紡ぎ出し、アイリスの目を見つめた。その瞳には、覚悟と悲しみが交錯していた。彼はリオネルが命を賭して守ったものを、今度は自分が守らなければならないことを悟っていた。


「この核を封じるには……私自身がその力と一体化しなければならない。影と共に消えることになるだろう。でも、それがこの王国を守るための唯一の方法だ。」


エリオットの言葉に、アイリスは一瞬、何かを言いかけたが、すぐに言葉を飲み込んだ。彼女もまた、その決断が避けられないことを理解していた。彼女の目には涙が浮かんでいたが、それでも強い意志が感じられた。


「エリオット……私はあなたを失いたくない。でも、あなたがその決断を下すなら、私はそれを受け入れるわ。あなたが影を封じるために命を賭けるなら、私も共にこの場で戦う。」


アイリスの言葉に、エリオットは静かに頷いた。彼は彼女の手を取り、最後の別れのように強く握りしめた。その瞬間、彼らの間には言葉にできない絆が生まれ、二人は共に影に立ち向かう決意を新たにした。


エリオットはリオネルが遺した日記を開き、そこに記された封印の呪文を唱え始めた。その声は地下空間に響き渡り、漆黒の球体が激しく脈動し始めた。アイリスもまた、エリオットの隣で呪文を唱え、その力を後押しした。


球体は次第にその光を強め、まるでエリオットとアイリスに抗うかのように震え始めた。その力は凄まじく、二人の体に重圧をかけ、足元が揺れ動くような感覚に襲われた。


「影を……この場所に封じ込めるんだ!」


エリオットは叫び、呪文の最後の一節を唱え終えた。その瞬間、球体から強烈な光が放たれ、エリオットの体を包み込んだ。彼はその光に飲み込まれながらも、影と共に消え去る覚悟を決めていた。


しかし、その時、アイリスが彼の手を強く引き戻した。彼女の目には、絶対に彼を手放さないという強い決意が宿っていた。


「エリオット、あなた一人を犠牲にするわけにはいかないわ!」


アイリスの声にエリオットは驚き、彼女の手を掴み返した。二人の間に交わされた無言のやり取りが、彼らの決意をさらに強固なものにした。


そして、アイリスはエリオットと共に、影を封じるための最後の呪文を唱えた。その声が地下空間に響き渡り、球体が激しく揺れ動いた。二人の力が合わさり、影の核は次第にその力を失い、最後には静かに消滅していった。


静寂が戻り、エリオットとアイリスはその場に立ち尽くしていた。影の力は完全に封じ込められ、地下空間には再び静けさが訪れた。


「終わった……のか……?」


エリオットは呟き、アイリスの顔を見つめた。彼女もまた、安堵の表情を浮かべていたが、その目には深い疲労が見え隠れしていた。


「ええ、影は……もう二度と現れない……」


アイリスの言葉に、エリオットは静かに頷いた。彼らは共に影を封じ、この王国を守り抜いた。しかし、その代償として得たものは、計り知れない重さを持っていた。

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