第14話 闇との対決

地下の広間に響くエリオットとアイリスの呪文の声は、静寂に包まれた空間に不気味な共鳴を生み出していた。彼らの周囲で燭台の炎が揺れ、その微かな光が祭壇を中心に影を踊らせていた。儀式が進むにつれ、地下の空気が重くなり、まるでその場全体が生き物のように動いているかのような錯覚を覚えた。


エリオットは、儀式の進行に集中しながら、心の中に次第に広がる不安を抑え込んでいた。彼の手は、祭壇に置かれた古代の遺物に触れており、その遺物がまるでエネルギーを放つかのように、彼の指先に静電気のような感触を伝えていた。それは、リオネルがかつて使用したものであり、今やエリオットの手で影を封じ込めるために使われようとしていた。


「エリオット、影の力が……」


アイリスの声が震えた。彼女の視線が、広間の奥にある暗がりに固定されていた。エリオットもその視線を追った瞬間、彼の心臓が大きく跳ね上がった。暗闇の中から、影が静かに姿を現し始めたのだ。


それは、漆黒の闇が凝縮されたような存在で、形を持たない流動的な影であった。影はまるで意志を持つかのように、二人に向かってゆっくりと進んできた。その圧倒的な存在感は、広間全体を支配し、エリオットとアイリスに強烈な威圧感を与えた。


「影が……来る……」


エリオットは呟きながら、呪文の詠唱をさらに強めた。しかし、影は彼らの儀式を嘲笑うかのように、次第にその速度を上げ、広間全体に広がっていく。壁にかかった古びた絵画や彫刻が影に飲み込まれ、まるでそれらが影の一部となって消えていくかのようだった。


「アイリス、急いで!儀式を完遂するんだ!」


エリオットは焦りの声を上げ、アイリスに向かって指示を飛ばした。彼の言葉に応じるように、アイリスは呪文の詠唱を一層強め、儀式の進行を加速させた。彼女の目には恐怖が浮かんでいたが、それでも強い意志が感じられた。


だが、影の動きはさらに加速し、広間全体にその漆黒の闇を広げていった。エリオットとアイリスは、その影が持つ異様な力に圧倒されながらも、儀式を止めることはなかった。彼らの声が響くたびに、影はその動きをさらに激しくし、広間の隅々まで侵食していった。


「影が……私たちを飲み込もうとしている……」


アイリスは震える声で呟きながら、影の動きに圧倒されていた。エリオットもまた、その影の力に抗うように懸命に呪文を詠唱し続けたが、影はまるで彼らの努力を無に帰そうとしているかのようだった。


突然、影が広間の中央に集まり、まるで巨大な生き物が目を覚ましたかのように形を成し始めた。その姿は、かつてリオネルが戦った伝説の魔物の姿に酷似しており、その圧倒的な力が広間全体を支配していた。


「エリオット!これじゃあ、まるで影そのものが……」


アイリスが叫ぶ前に、影の巨体が彼らに襲いかかった。広間全体が揺れ、エリオットとアイリスは必死に影の攻撃をかわそうとしたが、その力はあまりにも強力で、彼らは瞬く間に広間の壁際に追い詰められた。


「影を……止めなければ……」


エリオットは苦悶の表情を浮かべながら、懸命に立ち上がり、再び儀式を続けようとした。だが、その時、影が彼の目の前に立ちはだかり、彼の意志を完全に打ち砕こうとしていた。


「エリオット、あれは……!」


アイリスが震える声で叫んだ。影の中から現れたのは、リオネルの姿を模した幻影だった。その姿は、エリオットに向かってゆっくりと手を伸ばし、まるで彼を引き寄せようとしているかのようだった。


「リオネル様……」


エリオットはその幻影を目にし、動揺を隠せなかった。影は彼の心に深く入り込み、リオネルとの記憶を引きずり出していた。彼は必死に心を保とうとしたが、その影響はあまりにも強烈で、意識が引き裂かれそうになっていた。


「エリオット、しっかりして!それは本物じゃない!」


アイリスが叫び、エリオットの肩を掴んだ。その言葉にエリオットは意識を取り戻し、再び影と対峙する決意を固めた。彼はリオネルの幻影に向かって手を伸ばし、その手に触れる瞬間、強烈な光が広間全体を包み込んだ。


その光は、エリオットが儀式の進行を通じて呼び覚ました力であり、影を打ち払うための最後の手段だった。影はその光に押し返され、広間全体が再び揺れ動いた。影の巨体は光の中で苦しむように蠢き、次第にその力を失っていった。


「今だ、アイリス!儀式を完遂するんだ!」


エリオットはその瞬間を逃さず、アイリスに指示を飛ばした。アイリスもまた、全身全霊を込めて最後の呪文を唱えた。その声は広間全体に響き渡り、影を完全に封じ込めるための最後の一手が打たれた。


影は激しく抵抗したが、次第にその力を失い、広間全体が再び静寂に包まれていった。エリオットとアイリスは息を切らしながら、祭壇の前に立ち尽くし、影が完全に消え去る瞬間を見届けた。


「……終わったのか?」


エリオットは呟き、アイリスに問いかけた。彼女もまた、静かに頷いた。影の力が完全に封じ込められたことを感じ取った二人は、疲れ切った体を支えながら、儀式の成功を実感していた。


だが、その時、祭壇の奥から微かな音が聞こえた。二人はその音に反応し、再び身構えた。影は封じられたはずだが、その音は何か別の存在がまだ潜んでいることを示唆していた。


「まだ……何かが残っている……」


エリオットはその音に耳を傾け、再び影との戦いが終わっていないことを悟った。アイリスもまた、その音の正体を探るべく、二人は再び広間の奥へと進み始めた。

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