かつて王国を救った英雄が、突如として姿を消した。その背後に隠された驚愕の真実とは――正義とは、果たして何か? 彼が抱えた闇と、若き探偵が紐解く真実の物語が今、幕を開ける。

湊 町(みなと まち)

第1話 勇者の影

夜の帳が王都エストリアに静かに降りる。普段ならば賑わいを見せる王都の大通りも、この日はどこか冷たく、異様な静けさに包まれていた。街灯の明かりが長く伸びる影を作り出し、その影の中に隠された不安が、人々の心をじわりじわりと蝕んでいた。


エリオット・ハーグリーブスは、石畳を静かに踏みしめながら、王宮へと続く階段を上っていた。かつて、同じ道を何度も往復し、王からの命を受けた記憶が蘇る。しかし、今夜はその足取りが重く、胸の奥に拭いきれない疑念が巣食っていた。


彼が王宮へ呼び出されたのは、この国にとって重大な知らせがあったからだ。だが、その知らせが、彼にとってどれほど衝撃的なものであったかは、彼自身も予測できなかった。


「リオネル・グレイが……姿を消した。」


その言葉が、彼の耳に届いた瞬間、エリオットの時間は止まったかのように感じた。リオネル・グレイ――かつて、この王国を救った英雄、彼にとって憧れの存在だった。そのリオネルが、理由も告げずに突然と姿を消したというのだ。


「彼は、どこへ行ったのか。誰かが彼を見かけたのか?」


エリオットは震える声で問いかける。王の側近たちは一様に首を振り、その顔には深い困惑と恐怖が浮かんでいた。リオネルの失踪は、単なる個人の問題ではなく、王国そのものを揺るがしかねない大事件であることは誰もが理解していた。


「残念ながら、どこにも手がかりがない。リオネルが最後に姿を見せたのは、王宮の会議室だった。彼は何も言わずに、ただ静かにその場を去った。それ以降、彼の足跡を辿ることができないのだ。」


側近の一人が、まるで祈るように低い声で答える。その言葉は、エリオットの胸に冷たい鉄のような重みをもたらした。


「リオネルがいないということが、どれほどの意味を持つか分かっているだろう? 王国の民は彼に依存している。彼がいなくなれば、不安と混乱が広がることは避けられない。」


エリオットは深く息を吸い込み、意識を集中させた。彼は探偵として、数々の難事件を解決してきた。しかし、この案件はそれまでのどの事件とも異なり、個人的な感情が強く絡んでいた。彼の胸には、リオネルへの敬意と同時に、彼が何故姿を消したのかという疑念が渦巻いていた。


「私に調査を任せていただけますか?」


エリオットは決意を固めた声で言った。その言葉には、自らの使命に対する強い意志が込められていた。彼はリオネルを見つけ出すため、どんな手段も惜しまないつもりだった。


「君に期待している、エリオット。リオネルを見つけ出し、彼が何を考えているのかを知ってほしい。」


王の声は静かだったが、その奥には絶対的な命令が込められていた。エリオットは深々と頭を下げ、王宮を後にした。


外に出ると、夜風が彼の頬を冷たく撫でた。彼は少し顔を上げ、夜空を見上げた。満月がまるで遠い異国の灯火のように淡く輝き、その光がかえって王都の静けさを際立たせていた。


「リオネル……あなたは一体、どこに消えたんだ?」


エリオットは自問するように呟いた。彼の目には、かつてのリオネルの姿が浮かんでいた。強く、優しく、そして誰よりも正義を愛した勇者。そのリオネルが何も言わずに姿を消すなど、あり得ないことだった。


だが、彼が姿を消した事実が目の前にある以上、何かが起こっていることは間違いない。それは王国の未来をも左右する、重大な何か。


エリオットは再び足を動かし始めた。今夜から彼の調査が始まる。リオネル・グレイの失踪を解明するための旅が――そして、その旅は、彼自身の信念を試される旅でもあることを、彼はまだ知らなかった。


王宮から遠ざかる足音が、石畳に響き渡る。その音は、まるで遠い過去からの呼び声のように、彼の心に静かに鳴り響いていた。エリオットはその呼び声に導かれるように、夜の街を歩き続けた。

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