メロンパンの恨み
安室 作
メロンパンの恨み
これは自分が高校生だった時の話です。
当時は高校生男子で、成長期ということもあり朝ごはんだけでは足らず、コンビニで買ったパンを食べてから授業を受けるというのが自分の習慣になっていました。どのパンを買うかは品揃えなどで違ったりするのですが、特にメロンパンが好きで、朝のホームルームが始まる前に毎日のように食べていました。
そして一番仲良くなった友だちも、自分と同じように朝おにぎりをコンビニで用意していて、先生が来るまでに買ったものを食べながらマンガとかゲームの色々な話をするのがいつもの日常でした。その友だちとはとにかく考え方や趣味が合い、昼休みや放課後、休日とずっと一緒にいても苦にならず話も尽きない。そんな得難い友だちだったのです。
ただ一つだけ、欠点というか困ったことがあって……そいつは子どもっぽいというか悪戯好きなところがありました。ペンケースの中にびっくり箱みたいなバネの仕掛けをしたり、誰かの暗記用の単語カードを全部外してトランプタワーのように並べたり、すぐバレるような嘘をついたり……周囲の驚きや不安になる反応を楽しむ癖があったのです。
まあ、行き過ぎる時は自分が諫めたり、その友だちも周囲の反応で自重できたので、その辺も魅力の一つとして認められていました。いわゆる愛嬌という奴でクラスで特別浮くってこともなく割と人気は高かったのですが。
ある朝、いつものようにコンビニでパンを買い、早めに登校した日……まだクラスの半分も来ていないし、友だちはもう少し遅くなるのがお決まりだったのでそのうち来るだろう。そう考え手を洗ってからパンを食べようとしました。
廊下を出て少し歩いたところの流し台で手を洗い、ゆっくり戻りましたが友だちはいませんでした。ただ鞄は掛けてあったので、トイレとかで行き違ったのかな? と思い、すぐ来るかなと、ビニール袋からメロンパンを取り出す。そしてそのまま包装を破ろうとした……その時。
メロンパンの表面、焼いた部分が袋の中でボロボロと飛び散っていた。不良品? いや、お店で選んで買った時には確かにこうはなっていなかったはず。食べ物が台無しになってしまった残念な気持ちと、得体のしれない不安を感じたのは覚えています。ひとまずスマホで写真に撮り、これを証拠にコンビニで明日とか行って交換できるかな……なんて考え包装を上下左右ひっくり返しながら観察していると、あることに気が付きました。
……歯形か? これ?
よく見ればメロンパンの外側、ギザギザした断面がぐるりと一周していた。パンの袋の上から一口ずつかじっては横にずらしてを繰り返したのがイメージできた途端、恐怖よりも先に怒りが湧いてきた。
あいつだ。あいつに決まってる。こんなことをするのは。
ちょうど何日か前に、メロンパンの外側のカリカリした部分が特に好きで、この部分だけで売ってたら迷わず買うって話をしたばかりだ。でもその時にこうも話したはずだ。家庭で厳しく言われてたのもあって、食べ物で遊んだり粗末にすることは食に対する冒とくだって思うんだ、とも。
それなのに、あいつは……! いまも自分のことをどこかで見てるんだな? 反応を見て楽しんでいる!
首を振って周りを確認すると、あいつが席に座ってこっちの様子を伺っていた。すぐに声を荒げて聞く。
「おい、ふざけんなよ?」
「なんだよ、どうした?」
「どうしたじゃない……お前な……!」
「ああ、悪い。ごめんごめん」
自分が何で怒っているのか、まったく理解できていないような友だちの口ぶりに、さらに怒りが増していった。
お前な……あんなことするくらいなら、ちゃんとぜんぶ食べろよ……!
そんな言葉がノドに出かかったが声にはならなかった。
別に全部食べちゃって、悪い、お前のパン喰っちまった、なんて言えば全然許せたのに。まあ代わりにお前のおにぎりは貰うだろうけど。でもダメだ。これはダメだ。顔が熱くなる一方で、後頭部や首すじはどんどん冷えていった。
あいつからしてみれば、たかが食べ物、たかがパンひとつ粗末にしたってだけかもしれない。自分が激怒していた理由も説明すればそれだけのこと。だけど自分にとってはくだらない悪戯では済ませられなかった。
周囲には説明せず、まだあれこれ聞いてくる友だちを無視していると、朝のホームルームが始まり……それ以来、友だちを相手にすることは無くなっていきました。彼の度を過ぎた悪戯に自分がフォローをしなくなり、少しずつ友だちの悪評が目立つようになりましたが、もうこちらが気にすることではないですから。
学年が上がる頃にはクラスも別々になったこともあり、友だちとは完全に疎遠になってしまいました。友情なんてそういうモンなのかもしれませんが、あのメロンパンの一件があってしばらくして、あいつに彼女が出来たのも大きかったと思います。自分とつるんでいた時以上にいつもカップルで行動していることがほとんど。彼女はクラスの中でも人気が高く、みんなから好かれていたのでお似合いの二人ではありました。
ある朝、教室から廊下を見ると、あいつが彼女と一緒に登校してきたのが見えました。お互い手にはコンビニの袋を持っていたので、去年の自分たちみたいに一緒に食べてホームルームが始まるまで色々な話をするのでしょう。
……あの時の自分と同じように、あいつのおにぎりを袋の上から噛り付きでもしたら、やってしまったことを少しは反省するのだろうか? と、自分はメロンパンを取り出しながら考えていました。
いや、やめておこう。友人からの噂では、悪戯好きな癖やふざけたりするのもずいぶん減ったらしい。恋人が出来れば価値観が変わったり自分のことを顧みたりするみたいで、あいつなりに子どもっぽさが抜け、精神的に成長したのかもしれない。
しかしまあ、メロンパンの恨みは自分にとってはしばらく深刻だった。食べ物の恨みは恐ろしいって言うし。今でこそだいぶ許せているけれど。あんな風に噛り付いて台無しにするなんてなあ、と、メロンパンを一口食べながらまじまじと断面を見た時に、ふと気付いた。
……歯形、おかしくないか? なんだか妙な違和感がある。
スマホであの日撮った写真と見比べてみた。自分のかじったメロンパンより、歯形が一回り小さい。自分と友だちの体格はほとんど変わらないのに、ここまで形や大きさが変わるものなのか? 噛んだ深さや浅さとかじゃない。明らかに違う。全体的に小さくて丸い感じ……!?
背筋がぞわぞわと冷たくなる。
しかし同時に足が動き、友だちのいるクラスへ向かった。
あいつが悪戯によっては言い訳をしたりとぼけたりする理由。そして悪戯をしなくなった理由。友だちのことを棚に上げておいて、自分も考えが足らなかったんじゃないか?
あいつのいる教室へ入る前、どう一声かけようか扉の辺りで立ち止まっているうちに、友だちの彼女がいつの間にか目の前にいた。
「私たちのクラスに何か用事ですか?」
「あ、いや……その」
こちらが言い淀んでいると、彼女の可愛らしい表情が曇った。
去年の今頃は同じ教室で、友だちの次によく話していたあの時の雰囲気のまま。
「メロンパンのこと、まだ怒ってますよね」
「……え?」
「食べ物を粗末にするなんて、恨んで当然です。悪戯では済まされません。ぜったいに許しちゃいけないと思います。彼女として、私からもしっかり彼氏を反省させておきますから」
そういうと彼女は歯を覗かせて笑った。
白くて、綺麗で……小さな歯だった。
メロンパンの恨み 安室 作 @sumisueiti
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