温水遥香は冷たくない

C-take

氷水は冷たいもの

「冷やし氷水ってなんだよ」


 俺はおかしなことを言い始めた幼馴染に、そう問いかける。


 そもそも、こんな会話に至ったのは何故なのだろう。最初は恋愛相談に乗ってもらっていたはずなのに、気づけば意味のない雑談へと移り変わっていたのだ。


「何、簡単なことさ。トモよ」


 何やら某名探偵のようなことを言い始めたが、彼女の学校での成績は中の下。俺よりも遥かに下である。


 ちなみに、この場合の『トモ』とは『智樹』という名であるところの俺のことを指し、彼女が俺のことを友人と呼んだ訳ではない。


「氷水が冷たいのは当たり前だけど、あえて頭に『冷やし』とつけることで、「もしかして温かい氷水があるのか?」と相手に思わせる訳だよ」

「お前以外の誰も、そんなこと思わねぇよ」

「わからないかな〜。要するに、常識を崩せって言ってるの!」


 言い振りから察するに、これは恋愛相談に対する彼女なりのアドバイスなのだろうか。初彼女ゲットに向けて息巻いている俺に、女子として何かしら伝えようとしてくれているのだとしたら、きちんと聞いておいた方が、今後の参考になるかも知れない。俺は、ひとまず彼女の言い分を聞くことにした。


「その心は?」

「トモは習志野ならしの先輩と付き合いたいって言った訳だけど、そうするために何をするって言った?」

「先輩に告白する」

「そう、そこ。そこが私の言うところの常識枠。確かに、習志野先輩は美人だし、スタイルいいし、気立てもいい。男なら誰だってものにしたいって思うでしょうとも」


 彼女はここで一度言葉を区切り、忌々しいと言った具合で拳を強く握ってから、先を綴る。


「そもそも、トモは本当に習志野先輩のことが好きな訳?」

「俺の気持ちを疑うってのかよ」

「思春期の男子は性欲を恋と勘違いするって、本に書いてあったからね」


 いったいどんな本から引用したのか。小難しい本など、彼女に読める訳もないので、マンガか、行ってもラノベくらいのものだろう。


「限界まで自家発電し終わってから、それでも習志野先輩のことを好きと言える?」

「自家発電って……。女子がそういうこと言うもんじゃないぞ?」

「そういうのはいいから。どうなの? 実際」


 言われて、俺は考える。性欲を発散しきった状態で、それでも先輩と一緒にいたいか。実際に試した訳ではないが、俺の先輩への想いは、そんな邪なものではない。


「って言うか、どうして俺の純情を疑われないといけないんだ?」

「話を逸らそうとするってことは、思い当たる節がある?」

「そりゃあ、そういうことを『したい』か『したくない』かで聞かれれば、したいと答えざるを得ないけど、それが第一じゃないし、そもそもそこに行き着くまでに、いくつも段階があるだろ」

「したいんだ」

「その文言もんごんだけを切り取るな。悪質が過ぎる」

「だってさ。女性恐怖症と言っても過言ではないトモが、急に「付き合いたい人がいる」だもん。疑いたくもなるよ」


 それを言われるとぐぅの音も出ない。


 確かに、俺は女性が苦手だ。幼馴染である彼女を除けば、女性との付き合いは皆無と言える。


 きっかけは幼少の頃に母親の不倫現場に直面してしまったこと。ある日、体調を崩して学校を早退ところ、大人な付き合いをしていた母親と見知らぬ男に遭遇してしまったのだ。


 結局、両親はそれがきっかけで離婚。父親に引き取られた俺だったが、母親だった人のあのおぞましい姿が脳裏に焼き付いてしまい、女性に対して恐怖を抱くようになってしまった。


 唯一例外だったのは、この一件が起こる前から付き合いのあった彼女だけ。まるで兄妹のように日々を過ごしていた彼女だけが、父子家庭になった我が家に、彩りを添えてくれていたのである。


「俺だって多少は成長したというか……。いつまでもトラウマ引きずってるだけじゃいけないだろ?」

「まぁ、本当にトモの想いが純情だって言うのなら、成長と言っていいだろうけど……」

「いつまでそこを疑ってるんだよ!」


 こんなことじゃいつまで経っても恋愛相談にならない。


 俺は「もういい」と、その場を去ろうとした。


「待った待った! まさかこのまま習志野先輩に告白しに行くつもりじゃないでしょうね?」

「……エスパーか?」

「んな訳あるか! 誰だって話の流れでわかるっての!」


 俺ってそんなにわかりやすいのだろうか。何だか言外に「単純バカ」と言われている気がして、少しむかつく。


「あのね~。自分から常識を崩せって言った手前アレだけど、何の接点もない状態から告白して成功するはずないでしょ。常識で考えて」

「……そうなのか?」

「……これだから非モテ童貞は」


 確かに俺は童貞だけど、そういう彼女も処女のはず。一方的にけなされるいわれはない。


「いい? 告白ってのはね、なの」

「確認?」

「そう。お互いに相手に好意があるのがわかっています。そういう状態で初めて告白という舞台に立てる訳」

「それっておかしくないか? 告白ってのは、想いを打ち明ける行為そのものだろ? 両想いじゃないとしちゃいけないってのはおかしい」

「おかしくないの! それが今時の常識なの!」

「……冷やし氷水」

「あ~あ~、聞~こ~え~な~い~」


 すっかり耳を塞いでしまった彼女には、最早何を言っても無意味だろう。


 しかしまぁ、こうして彼女なりに恋愛相談に向き合ってくれているのだから、学年内で冷血と噂される彼女にしては、温かな対応ではないか。


 俺の前ではそんなに冷たい言動をしたことはないが、他のクラスメイトなどの前では、極寒クールキャラなのである。


 結論。俺の幼馴染である彼女――温水ぬくみず遥香はるかは決して冷たくない。

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