【乙女達の秘密の花園】

 真夜中を過ぎたさくらハウスのリビングは、柔らかな間接照明に包まれていた。


 鷹宮澪、小鳥遊詩音、月城にこの三人は、それぞれ思い思いの格好でソファに腰掛けている。普段はきちんとしている澪も、この時間ばかりは髪をルーズにまとめ、オーバーサイズのニットワンピース姿でくつろいでいた。詩音はいつものようにグラフィックTシャツとショートパンツ。にこだけは、シルクのパジャマに上質なガウンを羽織るという、寝間着とは思えない優雅な装いだ。


 テーブルの上には、それぞれが好むお酒が並んでいる。澪のグラスには赤ワイン、詩音の前には缶チューハイ、そしてにこはノンアルコールのモクテルを口にしていた。


「ねえ、みんな」


 詩音が、ふと唐突に切り出した。

 彼女の頬はほんのりと赤く、普段よりも大胆になっているのが見て取れる。


「なに? 詩音」


 にこが優雅に答える。彼女の指先で、グラスの縁をなぞっている。


「この話題、普段だったら絶対に話せないんだけど……」


 詩音は言葉を濁した。

 澪とにこは顔を見合わせ、詩音の様子を窺う。


「私たちの、その、女性としての……欲求とかってどうしてる?」


 詩音の言葆に、一瞬の静寂が訪れた。

 澪は赤ワインをゆっくりと一口含み、にこは長い睫毛を瞬かせる。


「まあ、避けては通れない話題ね」


 にこが静かに言った。

 彼女の表情には、少しの戸惑いと、それ以上の理解が浮かんでいる。


「そうね。大切な話だと思うわ」


 澪も真剣な表情で答えた。


「私はね」


 澪が言葆を続ける。


「仕事が忙しくて、正直あまり意識する暇がないの。でも、時々ふと寂しさを感じることはあるわ」


 澪の言葆に、詩音とにこは静かに頷いた。


「私も似たようなものかな」


 詩音が言う。


「締め切りに追われてると、そんな余裕もないんだけど……たまに、こう、胸がキュッとすることってあるよね」


 詩音の素直な言葆に、にこがくすりと笑った。


「ええ、よくわかるわ。でもね、私は、美容のためにも大切だと思ってるの」


 にこの言葆に、澪と詩音は目を丸くした。


「美容のため?」


 澪が不思議そうに尋ねる。


「ええ。適度なそういう刺激は、肌のツヤを良くするし、ホルモンバランスも整えてくれるのよ」


 にこが得意げに説明する。

 彼女の肌が、まるでシルクのように滑らかに輝いているのは、そのせいかもしれない。


「そうなの? 私、知らなかった」


 詩音が驚いた様子で言う。


「ええ。だから私は、週に一度はちゃんとセルフケアの時間を作るようにしているわ」


 にこの言葆に、澪と詩音は感心したように頷いた。


「でも、どうやって……その、気分を高めるの?」


 詩音が少し恥ずかしそうに尋ねる。


「いい質問ね」


 にこが微笑んだ。


「私はね、まず雰囲気作りから始めるの。お気に入りのアロマキャンドルを灯して、柔らかな照明を用意して……」


 にこの説明に、澪と詩音は真剣に聞き入っている。


「それから、特別なランジェリーを身につけるの。普段は白やベージュの上品なものが多いけど、こういう時は思い切って赤や黒のレースのものを選ぶわ」

「へえ、そんな風にしてるんだ。私、参考にしてみようかな」


 詩音が目を輝かせながら言った。彼女の頬は、ほんのりと赤みを帯びている。大きめのグラフィックTシャツの袖を、無意識のうちにくるくると巻き上げている様子からは、にこの話に触発された高揚感が伝わってくる。


「でも、それって男性がいないとダメなんじゃ……」


 澪が少し困ったように言う。

 彼女のオーバーサイズのニットワンピースの裾を、落ち着かない様子で指先でいじっている。

 澪の表情には、戸惑いと好奇心が入り混じっていた。


「そんなことないわ」


 にこが優しく諭すように言った。彼女は背筋をピンと伸ばし、シルクのパジャマの襟元を軽く整えながら話し始めた。その仕草には、自信と優雅さが滲み出ている。


「これは自分自身のためのケアなの。誰かのためじゃなくて、自分を大切にする時間よ」


 にこの言葆に、澪と詩音は深く頷いた。彼女たちの目には、新たな気づきの光が宿り始めていた。


 にこはゆっくりとソファに深く腰かけ直すと、優雅に足を組み替えた。彼女の動きに合わせて、上質なシルクのパジャマがさらりと音を立てる。その仕草は、まるでファッション誌から抜け出してきたモデルのようだ。


「さっきも言ったけど、お気に入りのランジェリーを身につけるのも、自分へのご褒美になるわ。誰にも見せるわけじゃないけど、それを着けているだけで気分が上がるの」


 にこの言葆に、詩音は目を丸くした。彼女の頭の中で、カラフルで華やかなランジェリーのイメージが広がっているようだ。


「そっか……私、いつも適当な下着ばかりだったな」


 詩音が少し恥ずかしそうに呟く。


「私も……」


 澪も小さな声で同意した。彼女の頬がほんのりと赤くなっている。


「それから、香りも大切よ。お気に入りの香水やボディクリームを使うことで、自分自身を大切に扱っているという実感が湧くわ」


 にこが言うと、さっと立ち上がり、ドレッサーから小さな香水瓶を取り出した。


「これなんか素敵よ。ジャスミンとバニラの甘い香りで、まるで自分が花のように感じられるの」


 にこが香水を軽く手首に吹きかけ、澪と詩音の鼻先に差し出した。二人は目を閉じ、その香りを深く吸い込む。


「わぁ、本当にいい香り」


 詩音が陶然とした表情で言った。


「確かに……なんだか女性として自信が持てそうな香りね」


 澪も感心したように頷いた。


「そうでしょう? こういった小さな積み重ねが、自分を大切にすることにつながるのよ」


 にこの言葆に、澪と詩音は深く頷いた。


「そうか。自分を大切にする時間か……」


 澪がつぶやく。彼女の表情に、何かが芽生えたような柔らかさが浮かんだ。


「私はね」


 詩音が少し照れくさそうに言う。

 彼女の頬が徐々に赤みを帯び始め、大きな瞳は部屋の隅を見つめている。

 詩音は無意識のうちに、Tシャツの裾をくるくると指に巻きつけている。


「好きな人のことを想像しながら……お風呂でゆっくり


 詩音の声は、ほとんど囁くように小さくなっていた。

 彼女の言葆に、部屋の空気が一瞬凍りついたかのように感じられる。


「まあ、詩音らしいわね」


 にこが優しく微笑み、凍っていた空気を温めた。

 彼女の表情には、驚きよりも理解と温かさが浮かんでいる。

 にこは優雅に髪をかき上げながら、詩音の方に体を寄せた。


「私も、たまにそうするわ」


 澪が少し赤面しながら告白した。

 彼女の声は、普段の凛とした調子とは打って変わって、少し上ずっている。

 澪は両手で顔を覆い隠そうとしたが、指の隙間から覗く頬は真っ赤に染まっていた。


「でも、なんだか罪悪感を感じてしまって……」


 澪の言葆に、にこが首を横に振った。

 にこの表情は、まるで年下の妹を諭すような優しさに満ちている。


「そんなの全然ダメよ。自然なことだし、むしろ健康的なことなの」


 にこの声は、静かでありながらも力強かった。彼女は背筋をピンと伸ばし、自信に満ちた表情で二人を見つめている。その姿は、まるで女性の生き方そのものを体現しているかのようだ。


 にこの言葆に、澪は少し安心したような表情を見せた。彼女の肩の力が少しずつ抜けていき、顔を覆っていた手もゆっくりと下ろされた。澪の目には、これまでになかった柔らかな光が宿り始めている。


「そう、よかった……私だけじゃないんだって思えて」


 澪がほっとしたように言った。彼女の声には、これまで抱えていた不安が解放されていく響きがあった。


 詩音は二人の会話を聞きながら、くすくすと笑い始めた。


「なんだか、すごく親密な話をしてる気がする」


 詩音の言葆に、三人は顔を見合わせ、そして一緒に笑い出した。その笑い声は、これまでの緊張を一気に解き放つかのようだった。


「そうよね。でも、なかなか難しいわ」


 澪がため息をつく。


「そうね。でも、少しずつ慣れていけばいいのよ」


 にこが優しく言う。


「例えば、まずは自分の体を大切にすることから始めるのはどう? お気に入りのボディクリームを全身に塗るとか、ゆっくりとマッサージするとか」


 にこの提案に、澪は興味深そうに頷いた。


「それ、いいかもしれない。試してみるわ」

「私も!」


 詩音が元気よく言う。


「でも、どんなボディクリームがいいのかな」

「それなら、私のおすすめがあるわ」


 にこが立ち上がり、自分の部屋から小さな瓶を持ってきた。


「これよ。フランスの老舗ブランドの新作なの。ローズとジャスミンの香りがブレンドされていて、すごくセクシーな香りなのよ」


 にこが瓶を開け、澪と詩音に香りを嗅がせる。


「わあ、本当にいい香り」


 詩音が目を輝かせる。


「確かに。なんだか女性として自信が持てそうな香りね」


 澪も感心したように言う。


「でしょう? これを塗りながら、自分の体を丁寧にケアするの。そうすると、自然と女性としての自覚が芽生えてくるわ」


 にこの言葆に、澪と詩音は深く頷いた。


「ねえ、他にも何かアドバイスある?」


 詩音が食い入るように尋ねる。


「そうね……」


 にこが考え込む。


「例えば、お気に入りの下着を身につけるのも良いわよ。普段は機能性重視のものが多いでしょう? でも、たまには思い切って華やかなものを選んでみるの」


「へえ、そうなんだ」


 詩音が興味深そうに聞き入る。


「私、普段はスポーツブラばかりだから、たまには違うのを試してみようかな」

「いいわね。私のおすすめは、フランスの老舗ランジェリーブランドよ。レースがたっぷり使われていて、着けているだけで気分が上がるわ」


 にこが熱心に説明する。


「でも、お高そう……」


 澪が少し躊躇する様子を見せる。


「そんなことないわ。投資だと思えば安いものよ。それに、セールの時を狙えば手に入るわ」


 にこの言葆に、澪も少し興味を示した。


「そうね。たまには自分へのご褒美も必要かもしれない」

「そうそう! それでこそ澪よ」


 詩音が嬉しそうに言う。


「でも、下着選びって難しそう」


 詩音が少し不安そうに言った。


「大丈夫よ。一緒に選びに行きましょう」


 にこが優しく提案する。


「そうね。みんなで行けば、きっと楽しいわ」


 澪も賛同した。


 三人は顔を見合わせ、くすりと笑った。この話題を通じて、彼女たちの絆がより深まったように感じられた。


「ねえ、他にも何か試してることある?」


 詩音が好奇心いっぱいの表情で尋ねる。


「そうね……」


 にこが少し考え込む。


「私は、寝る前にセルフマッサージをするのよ。特に、デコルテや二の腕、太もものラインを意識して」

「へえ、どんな風に?」


 澪が興味深そうに尋ねる。


「まず、お気に入りのボディオイルを手に取るの。私は、ホホバオイルにラベンダーのエッセンシャルオイルを数滴加えたものを使っているわ」


 にこが丁寧に説明を始める。


「それを、まずデコルテから首筋にかけて、優しく円を描くようにマッサージするの。そして、鎖骨のラインを意識しながら、肩から二の腕へと下りていくわ」


 にこの手が、説明に合わせて優雅に動く。まるで目の前で実演しているかのようだ。


「最後に、太ももからふくらはぎにかけて、やさしくなでるように」

「へえ、なんだかすごく気持ち良さそう」


 詩音が目を輝かせて言う。


「そうね。試してみたくなったわ」


 澪も興味深そうに頷く。


「でも、マッサージって難しそう……」


 詩音が少し不安そうに言う。


「大丈夫よ。コツさえつかめば簡単だわ。今度、みんなでマッサージ会をしましょう」


 にこが楽しそうに提案する。


「それいいね!」


 詩音が目を輝かせる。


「私も賛成よ。きっと勉強になるわ」


 澪も同意した。

 三人は、この新しい試みに胸を躍らせた。彼女たちの間に、新たな絆が生まれたようだった。


「でも、ねえ」


 詩音が少し恥ずかしそうに言う。


「こういうの、誰にも言えなくて……みんなと話せて本当に良かった」

「そうね。私も同感よ」


 澪が優しく微笑む。


「女同士だからこそ、分かり合えることってあるわよね」


 にこが深く頷く。


「これからも、こういうこともこうやって話せる関係でいられたらいいわ」


 にこの言葆に、澪と詩音も強く同意した。


 窓の外では、夜空に星々が瞬いている。さくらハウスのリビングには、三人の若い女性たちの温かな空気が満ちていた。彼女たちは、この夜の会話を通じて、より深く自分自身と向き合い、そして互いを理解し合えたように感じていた。


 それは、彼女たちの人生に新たな輝きを与える、かけがえのない時間となったのだった。


(了)

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