女三人、癒しとときめきのルームシェア ~澪と詩音とにこ~

藍埜佑(あいのたすく)

「深夜のコインランドリー騒動」

 真夜中の静寂を破るように、さくらハウスの洗濯機から不穏な音が響いた。


「ガタガタガタ……ゴゴゴゴ……」


 その後、機械の断末魔とも思える悲鳴のような音とともに、洗濯機は完全に動きを止めた。


 鷹宮澪たかみやみおが慌ててリビングから飛び出してきた。彼女は明日の重要なプレゼンに備えて、深夜まで資料作りに没頭していたところだった。


「もう! なんでこんな時に……」


 澪は髪を掻き揚げながら、ため息をついた。彼女の姿は、普段の几帳面なイメージからはかけ離れていた。髪の毛は乱れ、ノーメイクの素顔には疲労の色が濃く出ている。身に着けているのは、柔らかな素材のスウェット。グレーのワイドパンツに、同系色のゆったりとしたパーカーという、リラックスムード満点のコーディネートだ。


 そんな澪のもとに、小鳥遊たかなし詩音しおんが寝ぼけ眼でやってきた。


「どうしたの、みおちゃん?」


 詩音は大きなあくびをしながら尋ねた。彼女は完全に寝落ちしていたようで、髪の毛は跳ね上がり、目元にはアイマスクの跡がくっきりと残っている。パジャマ姿の詩音は、幼さと大人っぽさが同居する不思議な魅力を放っていた。淡いピンク色のキャミソールに、同じ柄のショートパンツというセットは、彼女のあどけなさを引き立てる。しかし、その素材の上質さと、胸元のレースのデザインは、大人の女性の色気を感じさせる。


「洗濯機が壊れちゃったみたい」


 澪が説明すると、詩音は目を丸くした。


「えー! 私、明日着る服がないんだけど……」


 その時、階段を降りてくる足音が聞こえた。月城つきしろにこだった。


「何があったの? すごい音だったわね」


 にこは既に完璧なメイクを施していた。真夜中だというのに、彼女の姿は昼間のようにきちんとしている。シルクのパジャマの上に、ファーのルームジャケットを羽織っているのだ。ベージュとブラウンの配色が、上品な雰囲気を醸し出している。髪はルーズにまとめられ、程よい抜け感が演出されていた。


「洗濯機が壊れたみたいなの」


 澪が説明すると、にこは眉をひそめた。


「まあ、大変! 私、明日の打ち合わせに着ていく服を洗おうと思っていたのに」


 3人は顔を見合わせた。どうやら全員が明日の洗濯物を抱えていたようだ。


「仕方ないわね。コインランドリーに行くしかないわ」


 にこの提案に、他の2人も渋々同意した。


 真夜中のコインランドリー行きは、3人にとって初めての経験だった。それぞれが洗濯かごを抱え、眠い目をこすりながら家を出る。


 コインランドリーまでの道すがら、3人は自然と洗濯の話題で盛り上がっていた。


「ねえ、みんなは洗剤何使ってるの?」


 詩音が尋ねる。


「私は香りにこだわってるわ。ラベンダーの香りのジェルタイプよ。柔軟剤は使わないの」


 にこが答える。彼女の言葉には、ファッションへのこだわりが垣間見える。


「へえ、私は逆だな。無香料の洗剤に、いい香りの柔軟剤を使ってる。花粉症だから、洗剤の香りはあんまり……」


 澪が言葉を続ける。


「私は……適当かな。セールで安いのを買ってる」


 詩音の言葉に、にこは驚いた表情を見せた。


「まあ! 洗剤で節約しちゃダメよ。お洋服が可哀そう」


 にこの言葉に、詩音は少し恥ずかしそうな表情を浮かべた。


 コインランドリーに到着すると、3人は驚いた。意外にも、他の客がちらほらといる。


「へえ、こんな時間でも人がいるんだね」


 澪が小声で呟いた。


 3人は空いている洗濯機を探し、それぞれの洗濯物を入れ始めた。ここで、それぞれの洗濯の癖が如実に現れる。


 澪は慎重に色物と白物を分け、水温と洗剤の量を細かく調整していく。彼女の洗濯物の中には、明日のプレゼン用のブラウスが丁寧にハンガーに掛けられていた。オフホワイトのシルク素材で、襟元にはさりげないフリルが施されている。


「これ、絶対シワになったら困るんだよね……」


 澪は不安そうに呟きながら、洗濯機に服を入れていく。


 一方、詩音はあまり気にせず、全ての洗濯物を一緒くたに洗濯機に放り込んでいた。彼女の洗濯かごからは、カラフルなTシャツや、ペイントの跡が付いたジーンズなど、アーティスト然とした服が次々と出てくる。


「あ、これマーカーが付いてる。まあいいか」


 詩音は気にせず、シミのついたTシャツも他の服と一緒に洗濯機に入れた。


 にこは、他の2人とは違ったアプローチを取っていた。彼女は洗濯物を素材ごとに細かく分類し、それぞれに適した洗い方を選んでいる。シルクのブラウス、カシミヤのニット、デニムのジーンズ。全てが丁寧に扱われ、適切なケアが施されていく。


「これは手洗いでないと……でも、今日は仕方ないわね」


 にこは、デリケートな素材の服を特別な洗濯ネットに入れながら呟いた。


 3人が洗濯機を動かし始めると、店内は水音と機械音で満たされた。その音に紛れて、3人は些細な会話を続ける。


「ねえ、みんなは下着どうしてる? 私、普通に他の服と一緒に洗っちゃうんだけど」


 詩音が唐突に尋ねた。


「えっ! それはダメよ」


 にこが即座に反応する。


「下着は必ず分けて洗わないと。しかも、ブラジャーは形が崩れないように専用のネットに入れるの」


 にこは、自身の下着の扱い方を熱心に説明し始めた。レース付きの繊細なブラジャーや、シルクのショーツなど、にこの下着へのこだわりが垣間見える。


「へえ、そこまでするんだ。私は、まあ、分けて洗うけど……そこまでは」


 澪が少し照れくさそうに答える。彼女の洗濯かごには、機能性重視のスポーツブラや、シンプルなコットンのショーツが見える。


 そんな会話をしている間に、にこの洗濯機から異音が聞こえ始めた。


「あれ? この音、何かおかしくない?」


 にこが不安そうに洗濯機を覗き込む。


 澪と詩音も近づいて様子を見ていると、突然、洗濯機のドアが開き、大量の泡が噴き出してきた。


「きゃっ!」


 3人は思わず後ずさった。


「どうしよう、どうしよう!」


 にこがパニックになる中、澪が冷静に対処しようとする。


「とりあえず、スイッチを切って……」


 しかし、泡は止まる気配がない。床一面が泡で覆われていく。


「す、すみません! 店員さん!」


 詩音が慌てて店員を呼びに行く。


 その間、にこは自分の大切な服が泡まみれになっていることに気づき、愕然とする。


「ああ……私の大切なワンピース……」


 にこの声には、深い悲しみが滲んでいた。それは、彼女が大切にしていたブランドのワンピース。淡いピンク色のシフォン生地に、繊細な刺繍が施された特別な一着だった。


 店員が来て、何とか洗濯機の暴走を止めることができた。しかし、にこの服は既に泡まみれになっていた。


「どうしましょう……これ、明日の打ち合わせに着ていくつもりだったのに」


 にこの落胆ぶりを見て、澪と詩音は顔を見合わせた。


「大丈?だよ、にこ。3人で何とかしよう」


 澪が優しく声をかける。


「そうだよ! 私たちで応急処置するよ」


 詩音も元気づけようと声を上げた。


 3人は協力して、にこの服を救出作戦を始めた。澪が慎重に服をすすぎ、詩音が優しく絞り、にこが細かいシミをチェックする。真夜中のコインランドリーで、3人の必死の作業が続く。


 結果的に、にこのワンピースは何とか無事に洗濯を終えることができた。しかし、この騒動で3人は家事の大切さと、協力することの重要性を改めて認識した。


「ねえ、みんな。ありがとう」


 にこが感謝の言葉を述べる。


「こんな真夜中に付き合ってくれて、本当に嬉しいわ」


「いいんだよ、にこ。私たち、ルームメイトだもん」


 澪が優しく微笑む。


「そうだよ! こういう時こそ助け合わなきゃね」


 詩音も明るく答えた。


 3人は疲れた表情を浮かべながらも、満足気な笑みを浮かべていた。この深夜のコインランドリー騒動は、彼女たちの絆をより一層深めるきっかけとなったのだ。


 帰り道、東の空がほんのりと明るくなり始めていた。新しい一日の始まりを告げるように、遠くで鳥のさえずりが聞こえ始める。


「ねえ、帰ったらみんなでお茶でもしない?」


 詩音が提案した。


「いいね。でも、その前に朝シャンしたいな」


 澪が答える。


「私も賛成よ。それに、この騒動で学んだことをまとめておきたいわ」


 にこが真剣な表情で言った。


 3人は、それぞれの洗濯かごを抱えながら、ゆっくりとさくらハウスへの帰路につく。この思いがけない冒険が、彼女たちの日常に新たな彩りを加えたことは間違いない。


 そして、彼女たちの頭の中では既に、新しい洗濯機の購入計画が動き始めていたのだった。


(了)

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