ひかりのうた

志村麦穂

総選挙直前 インタビュー No.1 アカリ

 はじめては蓄光性だった。

『めいいっぱいの愛だから!』

 今もはっきりと、ひかりのセリフを憶えてる。

 暗闇に散らばる星屑のハイ・ビーム。指先から打ち出されて、ビビビッ。子供のころ、同世代で真似しない子はひとりもいなかったよ。ほんとに、全員真似した。

 私は子供だから、前の方に優先してもらってステージの最前列だった。とってもラッキィ。だって、全盛期のひかりのパフォーマンスを間近にみれる機会なんて、そうない。あの熱狂の渦のなかで、ひかりの生まれる場所を――光源をみることができたんだ。

 観客席の端から順番に撃ち抜かれて、瞼の奥で星をちらしていった。みんなそう。

『二階席もいくよ〜ッ』って。これ、今でもライブで真似してる。キャラに合わせてアレンジしてるけど。

 光を受けた蓄光型のサイリウムバーが、観客席に淡い光の波をつくる光景が幻想的で。私たちのライブであんなに観客と一体になれることなんて、ついに一度もなかった。アイドルになった今ではちょっとだけジェラシーかも?

 彼女は光の海に浮かぶ、お星さま。彼女はだれよりも強く光を放っていた。ヒールで暗闇を擦るとスパークして、弾けた汗は流星になって観客席に降り注いだ。クリスタルのビーズとスパンコールが彼女の発する光を乱反射させて、色とりどりの波長で私の街の夜を明けさせた。彼女が笑えば、世界に彩りが戻った。彼女が歌えば、世界が見えた。ほんと、語り尽くせないよ。

 彼女が繰り返し歌った言葉を、思い返しては考えるんだ。

 愛している、愛している、愛している。

 彼女のみせる世界は光に満ちていて、温められて、虹色の愛だった。

 アイドルは自ら光り輝く。

 彼女はだれの光も必要としない。自ら輝く星だった。

 じゃあ、彼女にとって愛ってなんだったんだろ? なにを愛してくれたんだろ?


(――ライブの資料映像をモニタに流す。映像には幼いアカリの姿)

『ひかり〜、あいしてる〜!』


 なつかし〜、よく映像残ってましたね。コレ、四歳のときの私。

 精一杯コールを返したな。なんどもね、声がかれるくらい。そうしているうちに、ひかりの放つ光を浴びて、体が発光していった。白い、直線的な、憧れに塗りつぶされた真っ赤なプロミネンス。

 彼女の光を受けて、私の肌もまた淡く光を放ちはじめた。私だけじゃない。あのライブをみて、聞いて、感化された多くの子供が淡く、色とりどりに光りはじめた。

 ひかりの卒業ライブは伝説になった。

 すこし、アイドル史をおさらいしよう。このインタビューを読む人は知ってるだろうけど。だれにも忘れてほしくないし、私たちのラストライブの前にも思い出してほしいから。

 ひかりの現れた時代の話。当時すでに人工太陽が燃え尽きて20年経っていた。だれでも知ってる、絶望の暗黒時代。社会は熱を失い、色を失い、暗闇に閉ざされた。エネルギー資源も底をつきかけたころ、突如として世界にアイドルが現れた。自ら光を放つ彼女らは、精力的に遠征ライブを行い、彼女たちが歌っている間だけ各地に昼が訪れた。町おこしイベントで歌う彼女らの残光だけで、ビタミンD欠乏症を解消できるほどの紫外線が放たれていた。病院を訪問して、農場で野菜に笑い、街をまわって希望を歌い上げる。誰もがその姿に勇気づけられ、憧れないほうが無理だ。

 しばらくの間はそれでよかった。


(――ゴシップ記事の見出し。ディスプレイに表示された切り抜きを示すアカリ)

『星堕つ。アイドルの限界か?』


 ゴシップに晒された彼女たちの苦しみを今でも覚えている。

 アイドルたちの輝きには限りがあった。彼女たちもただの人間でしかなかった。変身魔法は時間切れ。暴かれ人間にされて堕ちた者。激しい光で燃え尽きてしまった者。アイドルたちは次々と『卒業』していき、世界は再び光を失っていくかに思えたんだ。

 ひかりが現れたのは、暗黒時代の終末期。アイドルたちの斜陽の時期だった。

 誰しもがアイドルたちの次の光源技術を考えていたとき、彼女は圧倒的な輝きで出現した。私と同じ世代で彼女に憧れなかったものはいない。なにより彼女が世界を震撼させたのは、その有り様だった。


(――ひかりの切り抜き記事。アカリはデバイスに記事を保存している)

『私、輝くから!』


 絶対アイドル宣言。

 星は必ず堕ちない。

 ひかりが他のアイドルと違ったのは、24時間365日密着のライブ配信。どの面を切り取っても彼女はアイドルで、アイドルじゃない時間なんて一秒もなくて、アイドルの神話だった。アイドルは寝ないし、アイドルはトイレもしない。でも、そんなことって、ありえないじゃん? 人間じゃないじゃん? ちょっと頭を使ったらありえないってわかる。

 でもさ、そのときはみんな、暗闇に怯えて、再び光を失ってしまう恐怖に思考を絡め取られて、考えることをやめてしまっていた。私はというと、憧れに目を潰されて、なんにもみえなくなっていた。ひかりだから、当然だろうって。

 ひかりをね、見つめ過ぎちゃたんだ。

 だから、ひかりの卒業ライブ【スーパーノヴァ】で起こった出来事は信じられなかったし、そこいらのファンみたく伝説だって騒ぐ気にもならなかった。


(――ラストライブの動画を流しながら語るアカリ)

『これでラストソング、私は歌い続けるから!』


 はじまりの合図、ひかりの最後のMC。

 ひかりがAメロの歌いだしで浮き上がったとき、重力を振り切って空に昇り始めたときね。ああ、やっぱりそうかって思ったんだ。だって、そのときのひかりの顔、とっても笑顔だったけど、とびきりのアイドルスマイルだったけど、ちっともひかりらしくなかった。ひかりはね、アイドルスマイルなんかしないんだよ。ひかりの笑顔はずっと自然で、アイドルを楽しんでいた。アイドルになるべくして生まれてきた女の子なんだって信じられた。だから、人間卒業ライブの笑顔には違和感しかなかった。

 そのあと、お空に昇ったひかりが弾けて、三番目の太陽になったとき、ほんとはみんな感づいてた。わかっていてなにも言わず、知らないフリをして、太陽を崇め続けた。無知で在り続け、星の光を信じ続けた。だって、怖いから。光がない世界なんて、恐ろしいから。ひどい話だよね。

 ひかり――第三の人工太陽に黒点がみつかったとき。私は思ったんだ。きっと、ひかりは疲れちゃったんだなって。終わりにしたいと思ったんだろうなって。そんな絞り粕になるまでひかりをこき使った、私も含めた人類すべてが許せない。

 私はぜったいに許さないよ。

 それが私の光。私が自ら輝き始めた、光の起源――憎しみ。

 だれより激しく、何より熱い、憎悪の熱量。私を燃やし尽くす熱と光。

 みんな、みんな、私の熱で燃やし尽くしてあげるから。

 覚悟しといてよね。


【中間総合順位2位 アカリ 総選挙直前インタビューより抜粋】

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