たった一つの冴えた治し方
春雷
第1話
幼少の頃の話である。夏休みになると、毎年、僕ら家族は祖父母の家に泊まりに行っていた。そこで僕はよく祖父と遊んでいた。
田舎の広い家で、庭でキャッチボールをしていた。僕はボールが上手く捉えられず、転んで、膝を擦りむいてしまった。
僕が涙目になっていると、祖父は「そんなキズはツバつけときゃ治る」と言った。
「本当?」と僕は訊き返す。
「本当だ」と祖父。
「じゃあさ、僕が自分で自分の爪を剥いだとして、ツバつけりゃすぐ治る? 爪が生えてくる?」
「生える」
「それなら、もし僕が自分の指を全部千切ったとして、ツバを接着剤みたいにして、指をつけなおしたら、治る?」
「治る」
「もし肩をノコギリで切り落としても、その断面にツバをつけたら、腕が生えてくるの?」
「生える」
「じゃあ、もし僕が刀の達人に体を真っ二つにされた場合に、絶命する一瞬前にツバを体の断面につけたら、身体が再生して、僕は二人に増えるの?」
「増える」
「ならもし、僕の体が真っ二つになった場合に、猫のツバをつけたら、僕は身体が半分だけ猫の状態になった、半猫人間になるの?」
「なる」
「だったら、僕の右半身はちゅーるなど猫が好きなもの好むけれども、左半身は今まで通りの食の好みで、ショートケーキとかが好きってこと?」
「うん」
「それってさ、ツバじゃなくてアロエの場合も同じ結果になるの?」
「ならない」
「じゃあどうなるの?」
祖父は少しだけ考えて、アロエそのものになる、と言った。
そうなんだ、と僕は言って、上記の会話を夏休みの日記に書いた。
あれから十五年経ち、僕は一人暮らしの家に猫を迎えた。猫が足を怪我をしてしまったので、ツバをつけてみると、傷口が塞がり、そこに目ができた。その目は、じっと僕を見つめている。この目はきっと僕だろう。僕が僕を見つめている。
僕はその目にレモン汁を吹きかけた。その目は涙を流した。僕の目からも涙が流れた。なるほど、シンクロしているらしい。ならば、この目も大事にしなければな。
僕はベッドに寝転んで、祖父が背中に、猫の目を持っていたことを思い出した。きっと背中のキズに猫のツバを塗ったのだろう。
たった一つの冴えた治し方 春雷 @syunrai3333
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