第52話 疲れた

学校の中庭に転移すると、ソーチャルに導かれて校門と校舎を分かつ修練場へ案内された。


そこで待ち受けていたのは、あまりにも質素な一団だった。


体格の良い男たちの間から、顔をのぞかせたのは、ノース竜皇国の宰相ロホスであった。

ロホスはアスドーラを発見するや、男たちをかき分けて、前へ出る。

その背後からは、とんがり帽子のサイスがニコニコしながら、アスドーラへと頭を下げた。


「アスドーラ……君。あー、そのー」


ロホスの視線で、何かを察したアスドーラ。


「ここにいる人はみんな知ってるよ。大丈夫!気を使ってくれて、ありがとうねえ」


「あ、いえ。左様でしたか。ではアスドーラ様、いえ、アスドーラ陛下。ノース竜皇国の務めを果たすべく参上いたしました。このロホスめが、必ずや学校を再開させてみせますぞ!」


キメ顔で拳を握ったロホスであったが、周囲の雰囲気はよろしくない。

そりゃあそうだ。

宰相といえば王の次に偉い役職である。しかもノース竜皇国という大国の宰相なのだ。


「お久しぶりですな。アスドーラ様。覚えておいでですかな?」


「覚えてます!サイスさんですねえ」


「フォッフォ。身に余る光栄。感謝いたしまする」


この四竜教大祭司のサイスも、とんでもない大物であった。

まず四竜教という宗教は、世界的に最も信者の多い宗教であり、大祭司は国に一人しかいない聖職者である。

四竜教総本山である、四竜法国しりゅうほうこくには、法皇、枢機卿という、とんでもなく偉い聖職者たちがいるが、そのすぐ下に位置するのが、大祭司であり、一般信者が触れ合える最も高位の人物である。


そんな大物2人にもビビるが、もっと別の理由でラハール王国の騎士たちは、距離を取っていた。


それは、護衛がいないからだ。


屈強な男たちが、平服で睨みを利かせてはいるが、剣もなければ鎧もない。

裸同然でラハール王国にやってきたというわけだ。


「し、失礼ながら。宰相閣下、大司祭様、護衛はどちらに?」


ソーチャルが恐る恐る聞いてみると、ロホスは背後を指さした。


「……武器などは」


「敵意はない。それを示すための措置である。我々は話し合いを求めに来ただけだと、お分かりいただけたか騎士殿」


「は、はっ!」


背筋を伸ばしたソーチャルであったが、別に敵意だなんだで、会合を引き伸ばしているわけじゃない。

ソーチャルから無言の圧力を受け取ったジャックは、ため息混じりで進み出た。


「デラベルク家当主、ジャック・ダルトン・デラベルクです。はっきり申し上げまして、この地にはお二方を歓待する用意がございません。さらに言えば、この有り様です。機を改めてはいただけませんか」


「ええ?どうして?」


「……黙ってろ」


ジャックが言いたいのは、今日はやめて本当に、ということだ。

準備不足も甚だしく、ボロボロの町にいきなり来られても困る。

だから一旦帰ってもらえますか?と表面上は取れるわけ……だが。

実際には、マジで歓待できないし、この有り様見たら分かるよね?金も時間も惜しいから、失礼だなんだって文句言わないでよ?それでもいい?

と言っているだけである。


貴族的な言い回しを知る由もないアスドーラが、狼狽えてしまうのも頷ける。


「ではここでお話するのはいかがか。我々は一向に構わぬ故」


いつになく、ロホスは貴族っぽかった。

アスドーラも忘れていたが、彼は出会ったときから宰相なのだ。

とても優秀で、先々王の時代から宰相を務める、貴族の中の貴族みたいな人物なのだ。

アスドーラの前でだけは、何故かへっぽこになってしまうが。


ロホスの言葉を聞いたジャックは「分かりました」と言って、ソーチャルに耳打ちした。


「……マジですか?」

「早く連れてこい」


動揺を隠せないソーチャルは駆け出した。

さっきも走っていたのに、今日はよく走る日である。


ソーチャル見送ったジャックは、ドサリと地面に座り、ロホスを見上げて座るように促した。


「では失礼。うーむ、これはなかなか。たまには地面に座ってみるものだ」


ロホスに続き、サイスまでも座り込む。


「さて、皆様も座りなされ。疲れが顔に出ておりまする」


そうして、ノース竜皇国使節団と、アスドーラの友だちたちは、互いに見合う形で地面に座った。


怪我人等の救護にあたっていた騎士やら医者やら教師やらは、そんな不思議な座談会を、凝視はしないが傍目でチラチラ見やり、様子を窺っていた。


何が起きるのか、どんな話をするのか。


十中八九、この状況をどうにかするお話だろうことは、察しがついていたから、それはもう聞き耳を立てていた。


それから30分ほどしてから馬車が到着し、緊張した様子でソーチャルと一緒にやってきたのは、一人の淑女であった。


「お初にお目にかかります。パウペリス家当主、マリアーデ・シャッハ・パウペリスでございます」


震える手でカーテシーをすると、ロホスとサイスも名乗って握手をした。


「……」


「……いや、さすがに淑女を座らせるわけにはな。うむ、アスドーラ様。ここはいかがでしょう――」


ウキウキのピクニックでもあるまいに、淑女を地べたに座らせるのは気が引けたのか、立ったままでの会合にしようと言いかけたロホスであった。


だが緊張しまくりのパウペリス家当主マリアーデは、少し躊躇いながらも地べたに座った。

しかも、サイスの隣に。


「フォッフォ。始めましょう、ロホス殿」


「……あ、ああ。そうです、ね」


こうして、謎の座組みのまま会合が始まる。


「ゴホン。では、まずは私から率直に申し上げます。明日から学校を再開していただけますかな?」


ロホスは自分の座り位置を失ったため、議長というか審判というか、まるで中立の立場を表すかのように、相対する2つの組を見渡せる場所に腰を落ち着けた。

中立もクソも、当事者中の当事者であるから、真っ先に切り出したのだが。


ロホスの質問を受けて、マリアーデは目を剥く。

ソーチャルに話は聞いていたが、まさか学校のために宰相が来るはずもないと、疑心を芽吹かせたままこの場へ来た。

それだというのに、ノース竜皇国宰相は、真剣な顔つきで学校の再開を熱望している様子。

国が滅びかけているというのに。


「……それは、どうでしょう。町を見ていただければ分かる通り、復興に際して、学校の優先順位は限りなく低くございます。仮に校長が学校再開を決断しても、止める気はございませんが、町としてはなんの支援もできません」


「ノース竜皇国は、この町を全面的に支援いたします。人、金、物、すべて支援いたします。であれば、いかがです?」


「それはありがたい申し出ですが……。私はこの町の公吏であって領主ではございません。まずはアバールス家にお話を通していただかないと、お答えは致しかねます」


地方領と国の交易は、ままある話だ。

敵対している国と交易しているだとか、自国に不利に働かない限りは、領主自身の裁量で決められる。

だから王都を通す必要はないのだが、必ず領主の裁可が必要となる。

ラハールの町のただの公吏に、決められる話ではなかった。


「しかし、アバールス家の当主は王都にいると伺っております。そして竜が災厄を振りまいた地もまた、王都かと存じますが?」


ラハール王国で起きた、亜人たちが死んでいく怪事件の主犯は、亡き国王である。そして魔法は止められた。

ここまでは、アスドーラとジャックの情報で知っていた。


その後、突然現れた光の柱は、方角と位置を勘案するにラハール王都で間違いなく、ドラゴンが暴れていた位置もその辺り。


王都にいるというアバールス家当主のみならず、身分関係なく人々は死に絶えているはずだ。


亡き人物を待つのか。それがロホスの質問であった。


「アバールスには、お子がおります。その方が当主になった際にでも――」


「話の腰を折って申し訳ないが、待てませぬ。明日、確実に学校を再開していただきたい。ですから、パウペリス家の御当主殿。あなたの要望を言われませ」


かなり強引ではあるが、ノース竜皇国側の希望のすべては明かされた。

ラハールの町を復興させたいわけでも、学校が早めに再開するといいなーでもない。

明日、絶対に学校を再開させる。

ノース竜皇国はそう考えている。


「要望……それはどういう意味ですか?」


マリアーデの顔が険しくなった。

要望とは、どういう意味か。


まるで、望みを叶えてやるから指示に従えと、言っているようにも聞こえる。


パウペリス家が、貴族から嫌われている理由は、その家風にあった。

清廉潔白、質実剛健と名高いパウペリス家は、もともと税務官の重要ポストを担う家だった。

国を支える重要な税金を徴収する官吏であるから、身の綺麗さや遵法精神には常に気を使い、彼女もそう躾られてきた。


そんな中、降って湧いた叙爵の話。

だがしかし、それは悪魔の囁きでもあった。

男爵位を得たがゆえに、関わるはずのなかった王甥おうせいに重用され、そして口車に乗せられた。

王族は法と同義。

その王族の意に背くことはできず、マリアーデの父は死を選んだ。

その事件を機に、ラハールの町へ飛ばされ、アバールス家という王と親しい家の監視下に置かれた。


王家を恨みはすれど、彼女は決して父の教えを誤りだとは考えず、むしろ父よりも強固に法に忠実であろうとした。


己の良心に忠実であろうとした。

家の教えに忠実であろうとした。


王や王族ではなく、確固たる己の信念に忠実であろうとした。


歪んだこの国において、それが正しい道だと思ったからだ。


だからこそ、ロホスの甘言に踊らされるまいとした。

互いに意地がぶつかりあい、膠着する。


そんな中ジャックが割り込んだ。


「王家は滅んだ。そしてアバールス家当主も死んだ。この国はもう終わりだと分からないかパウペリス」


「……誰なのですあなたは。無礼ですよ」


「デラベルクだ」


「……デラベルク家の。もしやご子息なのですか!?」


「ああ。パウペリス家もあの王甥おうせいに、滅茶苦茶にされたと聞いている。だから分かるだろう?今こそ変わる時だと」


領地を奪われ、家族を奪われ、爵位も何もかもを奪われた。

奪ったのは他でもない、王甥おうせいである。

デラベルク家の境遇には、パウペリス家と重なる部分が多くあった。

だからこそ、ジャックの言葉は重く響く。


腐った王家が絶えた今ならば。


国がない今、法はあるのか。


ないならば誰の法に従うべきか。


答えは明白であった。


「……学校を再開するだけで、復興を支援していただけるのですね?」


「ノース竜皇国宰相がお約束致します」


「返事をする前に。どうして学校に拘るのです?」


マリアーデの質問には、事情を知る者の視線が答えた。


「……その少年がなにか?」


「我が国の、なんと言いますか……宝でしてな。それだけで察していただけると、助かりますな」


「宝?」


マリアーデは、首を傾げた。

王家の子弟だとか、貴族家の子だとかならば話が早いのに、宝と。


「フォッフォ」


隣に座る大司祭サイスを見て、マリアーデは察した。


唐突な国名変更。

元首はアースドラゴンというバカげた宣言。

そして何故か、大司祭を交えての会合。


すべてはアースドラゴンに帰結する。


「宝かあ。僕、宝だってえ」


「触っんなや。おい、揺らすな。吐く吐く……ぉぇぇ」


ジャックの肩をグラグラ揺らす少年こそ、この北の地を統べる者。


マリアーデは、こうして自分が地べたに座っていることも、ノース竜皇国の宰相たちと対話していることも、何もかもの説明がついた気がした。


「明日も学校を開けましょう。ただし、教員や教員の家族、生徒たちの心の問題もあります。これまで通りとはいかないことを、ご承知おき下さい」


「うむ。承知した。では支援の件だが――」


学校再開が決定し、アスドーラはもう満足だった。

支援の内容にまで興味はなかったが、じゃあ帰りますと言える雰囲気でもなく。


ソワソワしながら、話が終わるのを待っていると、隣から脇腹を突かれた。


「どうしたの?」


ネネは顔を近づけると、耳元で囁いた。


「おばさんが心配してるかもしれないから、お家に送ってくれない?」


「……うん!いいよ」


いい口実を見つけたアスドーラは立ち上がった。

何事かと視線が集まる中、ニコリと笑う。


「用事があるので、バイバイ!」


そうして、ネネの家の前へと転移する。

熱心に話を聞いていたノピーやジャックまで引き連れて。

もちろん、眠そうにしていたパノラもである。


それからネネは、おばさんに叱られていた。

勝手にどこ行ってたのだとか、お父さんに報告するだとか。


怒鳴り声は、壊れた扉の隙間からよく響いた。

アスドーラたちは、気まずい空気の中家の前で立ちすくむ。


ネネが、まだ帰らないでねと、家に入る前に言っていたからである。


それから数分後、目を真っ赤にしたネネが出てきた。

彼女は取り繕っているが、鼻声を聞けば泣いていたんだろうと、アスドーラでも気づく。


「ありがとうアスドーラ。助けてくれて。まだ言ってなかったから、どうしても伝えたかったの」


ネネはニコリと笑うと、アスドーラの手を取った。


「たぶん、ううん。明日にはもう、国に帰るね。おばさんもその方が良いって。これから、戦争が起きるかもしれないからって」


「……戦争は、起きないよ。ノースの人がさ、そのー、何とかしてくれるって」


「そうかもしれないけど、おばさんたちは納得しないよ。だから、ごめんね」


アスドーラもジャックも、戦争は起きないと確信していた。

ノース竜皇国の牽制と、ラハール王国での災厄は間違いなく二大国の戦意を削いだ。

そして国内問題も、パウペリス家を筆頭にして、着実に平定されていくだろう。


だが市民には、常に不安がつきまとう。

常に当事者であり、真っ先に被害を受けるからだ。


だから説得は難しいだろう。


けれどアスドーラは、落ち込まない。

ちょっぴり寂しいけれど、全然悲しくはなかった。


亜空間にいた長い時間、もう会えないと思っていた絶望感。

それに比べれば、全然大丈夫。

だって生きてるし、また会えるから。


「じゃあさ、今日は一緒に居ようよ!みんなでさ!」


皆が首を傾げる提案であった。

アスドーラたちは寮に戻らねばならないし、ネネはこの家に帰らなければならない。


一体どこへ?


「いい宿があるんだッ!みんなで泊まろう!お金は僕が出すからお願いッ!」


災厄と呼ばれる事態が起きた後である。

宿が無事かどうか、アスドーラも、自信はなかった。

けれどどうしても、あの宿にみんなで泊まりたい。


初めて泊まったあの宿で、新しい思い出を作りたいと思った。


アスドーラの発案は、意外にもすんなり了承された。

ネネのおばさんは、最初こそダメだと言っていたけれど、アスドーラがお願いすると断りづらそうにして、結局頷いた。

おばさんにしてみれば、アスドーラは命の恩人であるのだから、当然だ。


てくてく歩く2区の道。


学校のある中央区からは離れていたためか、被害はそこまで大きくなかった……とはいっても、王都よりはである。

数軒の家は倒れているし、怪我人も多くいる。

瘴気の影響で倒れた人も多く、騎士や医者、教会の人々が慌ただしく走り回っていた。


そうして到着した【保身亭】。

もともと古びた宿であったのに、意外にも無事であった。

唯一の損壊は、傾いた看板ぐらいだ。


アスドーラが息を吹きかけると、ガタリと音を立てて看板はまっすぐになった。


そして、書かれた宿の名を、アスドーラはゆっくりと呟く。


「や、すみ……てい。やすみてい。合ってる?」


「うん。合ってるよ。勉強した甲斐があったね」


「やすみてい。休みてい!ってことか。ふーん。確かに休みたいね。みんなで!」


アスドーラは満面の笑みで暖簾をくぐる。


「こんにちはー」


「あいよ、1人……って、あんたかい。お連れもいるんじゃないか。何人だい?」


「5人でッ!」


そうして彼らは夜まで騒いだ。

疲れ果てているはずなのに、寝るのがもったいない気がしたからだ。


スースーと皆が寝息を立てる中、アスドーラは天板を見つめて小さくこぼす。


「世界を創って良かったなあ。こんなに楽しい友だちができるんだからねえ」






――――作者より――――

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これにて「44億年ぼっちドラゴンが友だち探しの旅に出る」は終わります。

続編のお声があれば、もしかしたら続きを書きます。


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お読みいただけると嬉しいです。


重ね重ねで恐縮ですが、最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!

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