第40話 ノース竜皇国
アスドーラはノース王国の会議室にいた。
どうしても膝を突き合わせて話がしたかったので、来賓の方々にはエリーゼが何度も謝罪して出ていってもらった。
とてもいい人たちで、笑顔で「お待ちしております」と、別室で待機してくれることになった。
「さっきは、ごめんよ。なんていうか、八つ当たりしちゃってさ」
「滅相もありません。私たちの独断専行が招いたことです。大変申し訳なく思っております」
「それでさっきの話を聞かせてよ」
「……はい」
エリーゼが語ったのは、ノース王国の変革についてだった。
事の始まりは、アスドーラが前国王を殺害した時だった。
「王って、必要なの?」
重たい言葉であった。
愚王に王国の舵取りを任せ、あまつさえ神たるドラゴンに剣を向けた後の言葉であれば、なおさら重たく捉えてしまう。
王家の血筋でもないエリーゼが王となり、腐りきっていた貴族や大臣たちは軒並み襟を正したのも、全てはアスドーラの存在あってこそ。
アスドーラがあの日王城に降り立たなければ、この国は惰性で進む泥舟のままであった。
すべてが一気に変わったあの日、王だけでなく国民たちの意識は大きく変革した。
今を、今この時から変えねばならないと、心に誓った。
そうして、女王以下の政府や貴族は会議を実施した後、とある施策の実行を決した。
法として布告され、国民全員に配布された施策の内容に、一部から異論が上がった。
しかし多数を占める賛成派の存在もあって、異論を述べた者は国外へ移り住むか、渋々賛成に回ることとなり、挙国一致しての大変革が始動する。
手始めに四竜教会を味方につけ、徐々に世界の賛成を得つつ、国家を変革させていく長期の政策だったにも関わらず、事は唐突に訪れる。
名をステルコス事変とする、アスドーラを激怒させた事件である。
その日、ノース王国は緊張に包まれていた。
王城から流れる、あの魔力。
そして北の果てから打ち寄せる、強大な魔力の波が世界を滅ぼしてしまわないかと。
幸いにも終末は先送りにされ、アスドーラの優しさに感謝した国民は、王城へと殺到した。
その声はまさに、変革の狼煙であった。
長期にわたっての根回しなど不要。
とにかく急ぎ臣従の態度を見せ、人にはまだ生かす価値があると認めてもらわねばならないと、切羽詰まった思いが乗せられていた。
そして王城では、首脳部の総意に基づき、早期の国体改革を断行することになる。
一つ、世界の盟約を破棄。
一つ、王制、貴族制、身分制度の漸次撤廃。
一つ、差別根絶。亜人呼称の禁止。
一つ、北域の神アースドラゴンを元首とする。
そして国名を、ノース王国からノース竜皇国へと変更し、国教を四竜教にすることとした。
これらをまとめた草案を取り急ぎ作成し、賛成を得られそうな国へと秘密裏に送付した。
まずは四竜教の総本山である、
亜人同盟に参加する諸国。
南域のボルケーノドラゴンを信奉する諸国。
真っ先に返答があったのは、亜人同盟諸国の盟主ドライアダリス共和国であった。
「会合を開き経緯を詳しく聞きたい」とのことであった。
そうして今日、使節としてやって来たのが、ドワーフの国プミリオ王国の王子と大臣たちであり、その会議の最中だったわけである。
「……なんかごめんね。間が悪かったね」
「あ、いえ。それでいかがでしょうか?我々は、どこかの国を滅ぼしたいわけでも、殺し合いをしたいわけでもありません。アスドーラ様の望む世界で生きたいのです」
「うーん、それは止めてほしいな」
「何か足りませんか?申し訳ありません、きちんと思いを汲み取れず」
「違うよ。僕が人の世界に来たのはさ、友だちが欲しかったからなんだ」
「……はい。存じております」
「人の世界で生きている友だちがほしいんだ。僕の意のままに動く人たちの中から、誰かを友だちにしたいわけじゃない」
アスドーラの指す世界とは、ドラゴンが干渉しない世界である。
ずっと北の果てにいたアスドーラが求めているのは、人が作った世界。
すなわち社会である。
もしもそこに、アスドーラが介在したならば、ノース王国との関係のように対等ではいられない。
時として介入することはあれど、過度に介入して世界を変えようとしないのもそのためである。
それをしてしまうのなら、いっそのこと初めからやら直したほうが良いとさえ思っていた。
この思いがうまく伝わっていないようで、エリーゼは難しい顔をしていた。
「お言葉を返すようで恐縮ですが、ドラゴンの皆々様が創り上げた世界はとても広く、人もまた数多くおります。全員がアスドーラ様へ頭を垂れるわけでも、臣従するわけでもありません。
そして先程も申し上げましたが、我々は他国を征服したいのではなく、まずは我が身の振り方から正し、そして世界の常識になればと思っているだけです」
「……要するに、僕がこう思ってるからみんなも従って!って僕の代わりにノース王国が世界に言うってことだよね?」
「そう、です。それがマズイのですか?」
「うん。みんな従うでしょ?君たちみたいにさ」
なぜなら神だから。
君たちが祭り上げるように、神なのだから従うはずだと、そう考えていたわけだが、エリーゼの返答は意外なものだった。
「いいえ。この世界にドラゴンは四柱。そして最後に人の世界へ踏み出したのは貴方様、アスドーラ様なのです」
「うん。うん?」
「他の三柱は、既に世界に影響を与えておりますが、ご存知でなかったのですか?」
「……そうなの?」
「はい。南はボルケーノドラゴン様。東はブリザードドラゴン様。そして西はハリケーンドラゴン様が、それぞれ国や人、そして自然に大きな影響を与えております。たとえアスドーラ様が従えと命令しても、聞く耳を持つかどうかは分かりません」
「ぇぇ」
アスドーラの心の内を表すなら「うそーん」であった。
遠い昔、何十億年前か覚えてもいなほど昔に、思念で語り合った記憶がある。
それからちょくちょく、ボルケーノドラゴンから思念が飛んできて、人の世界の楽しさをレクチャーされた。
その時に言葉を覚え、そして唯一知っていた口頭式『
それ以来、誰からも思念はなかったのだが、まさか人と交じって生活しているとは……。
唖然とするアスドーラに、エリーゼはさらに驚きの事実を伝える。
「プリミオ王国は……その、言い方が難しいのですが、ブリザードドラゴン様が支配しておりますよ」
「支配?ああ、元首ってやつ?」
「……まあ、そうですね。元首みたいなものです」
歯切れの悪い返答に、アスドーラは突っ込む。
「はっきり言ってごらんよ。怒ったりしないから」
「では、はっきりと申し上げます。ブリザードドラゴン様は、プリミオ王国を箱庭にして遊んでいらっしゃいます」
「遊んでる?僕みたいに友だちを作ってるってこと?」
「いえ……まったく違います。傀儡といいますか、操り人形といいますか。まるで、ままごとのように法を変え戦争をして、人を増やし災害で殺し……。あまり風聞はよろしくありません」
「……ぇぇ」
もう、なんと言っていいか分からなかった。
一気に新しいことを知らされて、しかもドラゴンのくせに悪評まで立つなんて。
ここまでくると、ドラゴンを神として崇める四竜教は大丈夫かとさえ思えてくる。
「アスドーラ様。死を覚悟してはっきりと申し上げます」
「あ、うん。大丈夫だよ殺さないから」
「貴方様ほどお優しく、素直で、それでいて人を殺さないドラゴン様は他におりません。種族を贔屓せず、人を人として平等に扱う方は、貴方様だけだと言っても過言ではありません。
罰は当たりそうですけど……」
「ああ。そういうことね。だから、仮に僕を元首にして宣言を出したとしても、ほとんど従わないかもってことだね」
「利があれば従うでしょう。そして庇護者である三柱のドラゴン様が許せば確実に従うでしょう。しかし、これまでの歴史を見るに、そうはうまくいかないと思います」
ここで気になるのは、みんなが何を目的にして世界で生活しているのかということだった。
箱庭にして遊んでいるブリザードドラゴンはいいとして、ボルケーノドラゴンは冒険者稼業をしつつ南域の守護者をしているらしいし。
「ところでハリケーンドラゴンは何をしているの?」
「ハリケーンドラゴン様は、魔族の庇護者であると聞き及んでおりますが……二千年前の災厄以降、姿を隠していらっしゃるとか」
「二千年前かあ」
その災厄は、アスドーラにも覚えがあった。
初めて他の三柱と顔を合わせたからだ。
災厄――。
今思えば確かに、そうだったかもしれない。
それ以降、姿を隠しているか。
「それで、いかがでしょう。我々の臣従を受け入れてはいただけませんか」
「具体的に何をするの?戦争はしないとしてさ」
「アスドーラ様をお守りします。我々ノース王国は、建国以来北域の守護者として安全を保障されてきました。アスドーラ様の怒りに触れぬよう、何人も死の岩床へ侵入させぬよう努めてまいりました。ですが人の世に御姿を現した今、アスドーラ様がこの世で健やかに過ごせるよう万策をもって処する所存でございます」
「……ちょっとよく分かんないや」
「アスドーラ様が望むことを致します。例えば友だち作りですが、国を挙げて支援いたします。差別根絶や王制等の廃止などもすべてです」
「じゃあもしも、そんなことさせないけどさ――」
「国民総動員して参戦します。全国民が賛同している、人の意思ですアスドーラ様」
アスドーラは、苦笑した。
まさか戦争なんてさせる気はない。
けれどそれだけ本気だと言うことは分かった。
短い人生をそんなことに使わせたりはしない。
初めて人と触れ合えたこの国を、そんな酷いことにはさせない。
「いいよ。任せる」
「ありがとうございますッ!では早速プリミオの使節殿と会議を――」
「幸せになるんだよ。みんなね。人生は短いんだから、本当にやりたいことをたくさんしてよね。これが僕の、お願いかな」
「……畏まりました」
「エリーゼ」
「はい」
「女王にしてごめんね。なんだかとても、大変そうだ」
エリーゼは苦笑した。
王家が倒れ、誰も座りたがらない椅子に座り、国難とも言える時にあくせく働かねばならないのだ。
それもこれもすべて、アスドーラが戴冠を認めたからこそ。
簡単なはずはない。
大変でないはずがない。
「女王を辞めたら、お菓子を作りたいと思っております」
「お菓子?」
「お菓子を売って、お金を稼いで。それから誰かに見初められて結婚して、子どもができたらその子にお菓子を食べさせたいんです」
「……」
「子どもができなくなる前に、全部終わらせようと思います。だから頑張ります!」
人それぞれの幸せがある。
アスドーラは、短い時間を有効に過ごしてほしいと本気で思っていた。
けれど王の器とは難しい。
王家王族と名のつく者は、これまで見た中だと凡愚しかいなかった。
エリーゼは貴族ではあったけれど、本当は王になるはずがない人物だった。
それなのに、アスドーラの一声で全てが変わってしまった。
今さら、辞める?なんて聞けるはずもない。
彼女の代わりが、他の誰かに務まるとも思わない。
たぶんこの世界で、唯一信頼できる王様が彼女だから。
「全部が終わったら、一個だけお願いを聞こう。必ず僕が叶えてあげる。だから考えておいて」
「……それは、光栄ですが。なんでもですか?」
「うん。望むなら新しい世界だってあげるよ」
「左様ですか。考えておきます。ちなみに世界はいりません」
――――作者より――――
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